イントロダクション
いつからか、憎悪の声に染まっていた。
いつからか、怨嗟の声に怯えていた。
いつからか、怒りの声しか聞こえなくなっていた。
いつからか、悲しみの声も助けを求める声も、俺の耳には届かなくなっていた。
人の世に蔓延る負の感情。その澱みを引き受けることが俺の使命であったはずなのに、いつしか俺もその澱み穢れた感情に呑まれ、身動きが取れなくなっていた。
俺に仕えようと何人もの女性が訪れ、穢れ、壊れていく。
もう誰にも傷ついて欲しくないから。澱みに沈むのは自分だけでいいからと彼女達を追い返し追い払っても、直ぐに別の誰かが送られてきて、瞬く間に心砕かれていく。
そんな彼女たちの姿を見て、俺の心が軋んでいく。
それが、俺にとっての常識であったはずなのに――――。
「どうぞ宜しくお願いいたしますわ」
目の前の少女は微笑んでいた。この世の全ての憎悪の声に晒されたはずなのに。
「せっかくお役目に少し余裕が出来たのです。私と一緒に外に出てみませんか?」
目の前の少女は屈しなかった。この世の全ての怨嗟の声に打ちのめされたはずなのに。
「意外と面白いものが見つかるかもしれませんよ?」
目の前の少女は当然のように俺の手を差し伸べてきた。この世の全ての怒りの声を叩きつけられたはずなのに。
「私はいつだって振り回す側で居たいのです。たとえ相手が運命であろうと神であろうと、私が中心となって世界を回してやるんですわ!」
目の前の少女は変わらなかった。悲しみに満ち、誰かが常に助けを求める絶望の真実に触れたはずなのに。
こんな人間、今まで1度だって出会ったことが無かった。
神すら堕とす不浄の澱みをその身1つで祓いながら、そんなことはどうでもいいとでも言わんばかりに闇色の瞳を輝かせて、まるで悪魔のように俺に微笑みかけてくる。
今まで出会った人間の誰よりも幼いのに、その誰よりも圧倒的な存在感を放つ少女は、俺の姿を目にしてもその態度を変える素振りも見せなかった。
「こんなところで独りぼっちで過ごすなんてつまらないです。この美しく楽しい世界にいらっしゃるのに、こんな澱みと穢れしか知らないなんて勿体無いですよ」
この世の全ての澱みに屈しない強さを持ちながら、俺のことすら案じる優しさを持ち合わせている。
本当にこの少女は人間なのか……? いったいどのような人生を歩めば、この幼さでこれほどの強さを身に付けることが出来るのだろう……?
始まりは、ただ圧倒されるばかりだった。
少女の持つ強さに、少女の宿す優しさに。そして――――。
「貴方のような美の化身が澱みに塗れる必要はありません。そういう役割は汚れ役が引き受けるものですよ。そう、私のような……ね?」
齢15の少女に潜む、その底知れぬ悪意に。