信じたくない現実
「二年生はこちらに並んでください」
学園につくと、係員と思わしき人物に誘導された。
「いいえ、私は新入生です」
新入生……のはずだ。
「緑のタイは二年生のはずですが……。とにかく、もうすぐ入学式が始まりますので、二年生はホールに入って下さい!」
そう言われて、ホールに押し込められる。
どうやら時間ギリギリだったようで、私がホールについたあとすぐに入学式は始まった。
「新入生代表、ロレン・マルク」
「はい」
ロレン・マルク――そう呼ばれた人物を目線で追う。黒曜石色の髪と髪と同じ色瞳が目についた。やはり――私には、見覚えがない、と思う。けれど、マルクの名を冠するのはマルク侯爵家の他はない。けれど、信じられない。
彼は、実に堂々とした態度で望んでいた。
その様子を見ながら、先ほどナンシーに言われたことを整理する。
私の入学式は二年前に行われている。
ロレンという青年は、私の義弟。
そして、留年していて私はこの学園二年生だということ。
情報量が多すぎて、倒れてしまいそうだ。
つい昨日まで、私は十五才だったというのに、もし、これらのことが真実なら、私は十七才だということになる。でも、その二年間の記憶がさっぱりないのだ。
それに、もし仮に彼が義弟だとするならば、私の婚約者であるルットはどうなったのだろう。ルットがいる限り、マルク家が養子を作る必要はないはずなのだ。
もしかして、私の記憶にないだけで、ルットに何か大変なことが起こったのでは……? そこまで考えて、顔面蒼白になるのを感じた。どうしよう。ルットに何かあったら、私は。
そんなことを考えているうちに、入学式は終わり、私は係員に誘導されるまま、教室に向かった。
教室を見渡すと、もう、全員席についており、私が最後だった。
もし仮に――本当に私が十七歳で留年しているとして、辺りを見渡すと、見知った顔はいなかった。
どうやら、この教室には私の他に貴族はいないらしい。
この学園では、貴族や庶民という身分に関わらず、入学することができるし、学園内では身分による統制は行われておらず、一人の人間として誰でも平等に扱われる。たとえ、王族であっても敬称をつけて呼ぶことは許されていない。しかし、いくら学園が学園内での身分関係の撤廃を歌っていても、暗黙の了解というものがあるらしい……という話は聞いている。
――それにしても、私が(おそらく)留年しているせいか、突き刺さる視線の数々が痛い。
席に座ると、当然隣の席に座っている男子に話しかけられた。茶色い髪に、金の瞳がよく映えていた。
「アンタも色々あったけど、まぁ同じ留年生同士仲良くしよう」
同じ留年生……という言葉を使っていることから、彼も私と同年齢だということがわかる。
「貴方、私を知っているのね」
「そりゃあ、去年も同じクラスだったし、それにこの学園でアンタを知らない奴はいねぇだろ」
私を知らない人がいない……? 侯爵家という高い身分ではあるが、私は王族ではない。王族なら学園に入る前に予め、告知されるだろうが、私程度の階級だと、貴族出身ではない方たちは知らなくて当然のはずだ。
それなのに、これはどういうことだろう? いや、それよりも――
「ルットは!? ルットは無事なの!?」
私とルットは婚約者だ。私のことを知っているならルットのことも知っている可能性が高い。
もしロレン・マルクという人物が私の義弟ならば、ルットに何かあったのかもしれない。
「無事も何も、俺たちと違って三年生に進級してるでしょうよ。そんなに血相抱えて、そんなに元婚約者のことが気になるかね」
貴族の考えることはよくわかんねぇなぁ、と言われたがそんなことよりも気になることがある。
「元……?」
「? 一年前に婚約を破棄されたんだから、元婚約者だろ」
婚約を破棄された……?
嘘……でしょう?
だって、私とルットは愛し合っていて、ルットと私の家族の関係も良好だったはずだ。婚約を破棄する理由がない。
「そりゃあ、一昨年まではそうだったけど、去年、アンタの態度を見るに見かねたルットが婚約を破棄したんだろ? どうした、昨日までの威勢のよさがないぜ。アンタ、一言えば十は言い返してくる女だっただろ。流石に留年がショックで、気でも触れたか?」
私は、そもそもそんなに口が回るほうではない、なんて、酷く場違いなことを思った。
嘘だ。信じたくない。けれど、ふと首元を触ると、ルットが婚約をするときにくれたネックレスが無くなっている。それは、私とルットを繋ぐとても大切なもので――それがないということは……。
ルットに婚約を破棄された。
それを事実として受け止めなければ、ならないのか。
確かにそう考えれば辻褄は合う。
私にロレン・マルクという義弟ができたらしいのも、ルットと婚約を破棄したからだ。
なんだか、頭がくらくらする。
「おい、大丈夫か? アンタ顔色が悪――」
耳が遠くなる。
何も聞こえない。
気付けば、私は、意識を失っていた。