第一巻 第一章 プロローグ
初めまして、皆様、よろしくお願いいたします。最初は5話連続でアップします。翌日からは一日一話ずつのアップになると思います。感想など、頂けたら嬉しいです。
プロローグ
看取るつもりで病室に泊まってくれているお父さんとお母さん。ベッド脇のパイプ椅子に並んで腰かけている。個室であり他に患者さんはいない。お母さんの鼻をすする音が室内にこぼれる。お父さんは私の顔をじっくりと見て一筋の涙をこぼした。
「りん、大丈夫か?」
優しい声をかけてくれる。
「りん、痛みはないか?」
お母さんも言ってティッシュで鼻をかんだ。
そんなに悲しい顔をされるとこっちまで切なくなる。最後は笑顔でお別れしたいのに。
そうなのだ。
私は死ぬ。
今日。
病名はありふれたものだ。日本人の三大死因の一つ。いつでも誰でもなりえる病気であり私はたまたま運が悪かったのだ。
つまり。
言いたくないけど。
私にとっては最悪なんて言葉では表せないほど苦々しい病気。
ガン。
肺ガンから始まったその腫瘍はすい臓や肝臓今では脳にまで転移しておりどんな手術をしても私は助かる見込みがない。
お父さんは言った。
「りん、何か、欲しいものはあるか?」
「ないよ」
酸素マスクをしていた。私はお父さんに聞こえるように強めの声を出した。言葉にはならなかったけれど伝わったと思う。
「食べたいもの、ある?」
お母さんの気弱な声。大好きなバナナオレが飲みたかったけど私は頭を振った。もう飲めない体だからだ。
「何か、言いたいことは、あるか?」
お父さんが声を震わせている。
やめてよ。
その言葉。
まるでこれから死ぬみたいじゃん。
死ぬけどさ。
私は目頭が熱くなって涙がぼろぼろとにじんだ。そうだ、最後にわがままを言おう。お父さんとお母さんに甘えよう。それぐらい許してくれるよね? 私は言った。
「ゲーム」
幼いころから病弱で幼稚園にも行ったことのない私。お母さんとこの病室でテレビゲームをして遊んだ。またあの頃みたいに笑いあって遊びたかった。
勢いよくお父さんが立ち上がった。
「ゲームだな! ちょっと待ってろよ、りん」
お父さんが慌てた様子でベッドを回り病室の扉へ向かう。
「あなた、どこ行くの?」
お母さんがびっくりして立ち上がる。
「決まっているだろう」
お父さんは立ちどまり顔だけ振り返った。
「ゲームを買ってくる」
「りんができるわけないでしょう!」
私は意識がもうろうとして深い眠りの底にずぶずぶと吸い込まれた。