最終回・さらば送りバントマン
それから一ヶ月後……。
八木さんは原くんに誘われて、地方の球場で開催される、プロ野球オープン戦『ライオンズ対カープ』を見に来ていました。
今日はホワイトデー。バレンタインデーのおかえしということです。
楽しいはずのホワイトデー・デート。
ですが、八木さんは疲れたようにスタンドの座席にすわって、浮かない表情をしています。
今日だけではありません。原くんと付き合い出してから、この一ヶ月間ずーっと彼女はもやもやしています。
「八木さん……。もしかして、俺と一緒にいても楽しくない?」
「えっ、いや? そんなことは、ないですよ?」
原くんは心配しますが、八木さんは無理して元気を装っているように見えます。
原くんはため息をついて、八木さんにたずねてみました。
「八木さん、本当は俺よりもっと好きな奴がいるんじゃないのか?」
「……えっ?」
「たとえば……」
「あれっ、原くん? と、八木さん……」
そこへタイミング悪く、黒髪メガネの少年。川相くんがひょっこりと現れました。
ジャイアンツのレプリカユニフォームを着て、バットケースを背負っています。
「川相くん……」
八木さんは、原くんと一緒にいるところを川相くんに見られて、なぜか胸がチクリと痛みました。
「おっす、川相。お前も野球観戦か?」
「いや、僕は野球を見に来たわけじゃなくて」
「えっ? じゃあ、なんでここにいるんだよ?」
川相くんは空を見上げると。
「僕、八木さんには『近いうち地球が滅亡する危機に陥る』って言った事あるよね?」
「えっ? う、うん……」
「実はそれ、今日なんだ」
「えっ!?」
「来る……!」
川相くんは背中のバットを抜き払いながら、スタンドの階段を駆け下り、試合中のグラウンドへ飛び降ります。
その時。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
球場に暗い影が落ちると、空から山のような岩石の塊が降ってきました。
『隕石だ!』
『デカい!』
『こっちに向かって来るぞ!』
それは、一直線に八木さんたちがいる球場に向かってきます。
直撃まであと、3秒、2秒、1秒……。
球場の誰もがすべてをあきらめた、その時。
コツッ……。
球の勢いを殺したような音が響き、三塁線ギリギリを沿うような軌道で隕石がゴロゴロと転がっていきました。
『………………えっ?』
地球規模で壊滅的な打撃を与えるような、巨大隕石。
それが何も起こらず、三塁ベースの横に転がっています。
ありえない状況に、ただただ呆然とする観客たち。
「あ、あれは……」
八木さんがバッターボックスに目を見張ると、背番号0番。
そこにはバントの構えをとって雄々しく立つ、川相くんの姿がありました。
『はっはっは……。余の初撃を受け流すとは、地球人もなかなかやるではないか』
「!?」
鼻につくようなキザな声が響くと、隕石がたまごのようにパカッと割れて、中から地球人サイズの人型宇宙人が現れます。
その姿は例えるなら、白色の全身タイツをまとい、赤いギザギザの縫い目が刻まれた、硬式野球ボールのコスプレ。
「ははははは、余の名は『宇宙皇帝デッドボール』。99の星を滅ぼせし者」
「宇宙皇帝……?」
スタンドから、観客たちのザワザワする声が響きます。
「記念すべき100個目に滅ぼす星は、この『地球』としよう。誉れぞ。喜べ」
「そうはいくか!」
バッターボックスに立つ川相くんは、ジャイアンツのユニフォームを風になびかせて、木製バットを宇宙皇帝デッドボールに向けます。
「ほう? 貴様が余が一撃を受けたる者か。名は?」
「僕は送りバントマン! この世に僕がいるかぎり、地球を『滅亡』にはさせない!」
「ふっ……、ふはははは! 面白い、実に面白いではないか」
宇宙皇帝は高笑いを上げながらピッチャーマウンドに登り、右手から黒いエネルギーの球をバリバリバリと生み出します。
「ならば、実力で語らしめて見せよ! 地球を『死球』に変える魔球。その名も『惑星破壊弾』!」
デッドボールは豪快なトルネード投法で、黒い雷弾を放って来ました。
「速いっ!」
音速を超える速度で迫る豪球!
ガキッ!
送りバントマンはバントをしますが、当てるので精一杯。
鈍い音を響かせて打ち上がり、エネルギー弾は宇宙空間へ飛んでいきました。
その様子を見て、川相くんと同じ野球部の原くんは驚愕します。
「あいつがバントをしくじるなんて、なんて球だ……」
「えっ?」
「川相はただの補欠じゃない。今まで一度もバントをミスった事がないから、野球部では『代打の切り札』『バントの神様』と呼ばれているんだ」
「そんなにすごいの……?」
心配そうにバッターボックスを見つめ、祈るように胸の前で手を組む八木さん。
「ふはははは、口ほどにも無いな。では、これはどうだ!」
再びエネルギー弾を放つ宇宙皇帝。
その軌道はストライクゾーンから大きく外へ逃げる、高速スライダー!
「くっ!」
送りバントマンは、音速の球に必死に飛びついてバットをかすらせます。
暗黒球はまたしても高く跳ね上がって、空へと消えていきます。
「まずい……、もう失敗できない……」
川相くんが与えられた能力、時間と空間を送る『時空バント』。
神にも迫るチート技ですが、スリーバント失敗すると即『死』に至るというリスクがあります。
もう後がない状況に追い込まれた送りバントマン。
ですが、デッドボールは情け容赦なく、ワインドアップのフォームを取ります。
「ふははははっ、これがとどめぞ! 『超・惑星破壊弾』ッ!」
光の速度で容赦なく放たれる、暗黒の雷球!
ストレートか高速スライダーか、あるいは……。
「川相くんっ!!」
スタンドからはっきり聞こえた八木さんの声援が、送りバントマンから迷いをふきとばします。
「ストレートだ!」
ゴッ!
木製バットから芯を食った音が鳴り、送りバントマンは破壊弾の衝撃を受け止めます。
「何っ!?」
「うおおおおおおおおおおっ! 『地獄送りバント』!」
ドギャンッ!
送りバントマンがプッシュバントをすると、跳ね返ったエネルギー弾がデッドボールの胴体を貫き、バックスクリーンを越えて彼方へと消えていきました。
「ば、バカな……。バントでホームラン、だと……?」
「てめーの敗因はたったひとつだ、デッドボール……。たったひとつの単純な答えだ……」
崩れるように倒れる宇宙皇帝に、送りバントマンはDI◯を倒した第3部のジョ◯ョみたいなセリフを決めます。
「『てめーは僕を送らせた』」
「川相くーん!」
「やったな、川相!」
送りバントマンにスタンド席から嬉しそうに手を振る、八木さんと原くん。
二人仲良く並んでいる姿を見て、川相くんは少しだけ寂しさを感じながらも、軽く手を上げて応えました。
しかし。
「これで勝ったと思うなよ……」
*
ガバアッ!
『!?』
死んだはずの宇宙皇帝デッドボール。ですが、最後のあがきとばかりに穴の空いた身体で送りバントマンにしがみつきます。
「はーっはっはっ……。止めを刺さなかったのが、貴様の甘さよ……」
「くっ、離せ!」
「離すものかよ……。余にも宇宙皇帝の矜持があるのでな。貴様と地球もろとも自爆して、100個目の星を滅ぼしたという伝説を残す事にするとしよう……」
「何だって……。まずい! みんな逃げろ!」
「はっはっは。地球ごと滅ぼすと言ったろう、逃げても無駄だ!」
送りバントマンはデッドボールを引き剥がそうとしますが、覚悟を決めた皇帝の前に、なかなか思うように行きません。
「川相くん!」
「川相!」
八木さんたちの呼ぶ声に、なんとか彼らだけでも助けたい一心で、送りバントマンは上半身だけ抜け出します。
そして。
「うおおおおっ! 時空バント壱式、『時間送りバント』!」
送りバントマンが地面に向けてバントを放つと、しがみついたデッドボールもろとも、上空へと飛び上がりました!
「何だと!? 貴様、地球人のくせに空が飛べるのか?」
「いいや、僕たちが飛んでるんじゃなくて、動いているのは地球の方さ」
「何っ!?」
送りバントマンが仕掛けたのは、地球の公転を速める『早送りバント』。地球は1日分だけ速く公転の軌道を転がっているのです。
「川相くんっ!」
観客たちも地方球場も、そして泣きそうな顔の八木さんの姿もみるみる小さくなり、対流圏、成層圏と、送りバントマンたちはどんどん地上から離れて行きます。
「お、おのれ……。地球があんな遠くまで……」
とうとう大気圏の青い層が見える程の高さに到達した送りバントマンは、歯噛みする宇宙皇帝にこう告げます。
「さすがのお前でもこの距離じゃ、僕と地球は『併殺』できないだろ?」
『く……、くそがあああああーーーっ!!』
チュドーーーンッ!!
『うわあっ!?』
観客たちが見上げた空に、一瞬だけ星が爆発したような光が覆い、すーっと元の青空へと戻って行きました。
それは送りバントマンのおかげで、地球が無事に救われた証。
「えっ……。えっ!? 川相くんはどうなったの?」
八木さんが原くんを問い詰めますが、彼は首を振り。
「あいつは、送りバントマン。送りバントは別名『犠牲バント』。あいつは地球のために犠牲になったんだ……」
「そ、そんな……」
八木さんは、膝からその場にくずれ落ちます。
「なんで、ためらいもなくそんな事ができるの! なんで、あなたが死ななくちゃならないの! 帰って来てよーっ!」
「やっぱり、君は川相のことが……」
八木さんは川相くんを失って、初めて自分の気持ちに気づきました。
むせび泣く彼女に、原くんは慰めの言葉も思い付きません。
すると。
『なんだ、また隕石か!?』
『いや、あれは人間じゃないか?』
観客たちの声に八木さんたちが見上げると、空から降ってくるのは背番号0番のジャイアンツのユニフォーム。
「川相くん!?」
遠目からでは安否の確認はできませんが、しかしこのままでは彼は地面に叩きつけられてしまいます。
ですが、次の瞬間。
「よいしょっ!」
ボヨン!
バントの構えをとった送りバントマンは、地面に激突する直前に当たりの柔らかいバントで衝撃を和らげます。
ゴロゴロと三塁線を転がって来ますが、最後はホームベースにタッチして一言。
「セーフ……」
ワァーッ! と、みごと生還を果たした送りバントマンに、観衆からサヨナラ勝ちしたかのような大歓声が沸き起こりました。
「川相くんっ!」
ガバアッ!
「!?」
グラウンドに下りてきた八木さんが、まっしぐらに川相くんに抱きつきます。
「えっ……? ええっ!?」
「川相! お前、どうやって助かったんだよ?」
一緒に下りてきた原くんは、宇宙で『犠牲バントマン』になったはずの川相くんに疑問を呈しますが。
「えっと、打者走者も生き残る『セーフティバント』でなんとかなったよ」
「どんな謎理論だよ」
「うわーん、良かった! 生きてて良かったよー!」
川相くんにしがみついてわんわん泣く八木さん。
「えっと……。八木さん、彼氏が見てるからそろそろ離れた方が……」
「ああ、それなんだが、八木さんからお前に重大発表があるそうだ」
原くんの呼び水に、八木さんは意を決して川相くんに伝えます。
「ぐすっ、川相くん……。わたし、やっぱり川相くんのことが好き……」
「えっ?」
「わたし、やっと分かったの。決してイケメンじゃなくっても、優しい川相くんの事が好きだって!」
「…………ええーっ!!」
「どおりでおかしいと思ったんだよなあ。お前らずっと仲良さそうだったから、急に八木さんが告ってきた時はビックリしたもんな」
と、原くんは頭をコリコリかきながら言います。
「えっ、でも……」
「ああ、心配すんな。俺は八木さんとチューすらしてねえ」
「あ、いや、そういう事じゃなくて」
「俺に遠慮はいらねえぞ。俺はお前の100倍はモテるからな」
「原くん……」
両手の拳を突き付けて見せる原くん。さすが『若大将』は言うこともイケメンです。
「川相くん。虫が良すぎるかもしれないけど、わたしと付き合ってくれませんか?」
「……僕で良ければ、喜んで」
ウワァーッ! と、みごと彼女ができた送りバントマンに、観衆からひいきのチームが日本一になったかのような大歓声が沸き起こりました。
「あ、バットが……」
送りバントマンが持っていた古い木製のバット『かみさまのつえ』が、役目を終えたかのようにボロボロと風となって消えていきます。
川相くんはバットの消滅とともに、『時空バント』の能力も失われた事を悟りました。
「今までありがとう、相棒……」
*
こうして、地球は一人のヒーローによって救われたのでした。
川相くんと八木さんは、今ではラブラブバカップルとして学校でもすっかり評判です。
「ところで……、川相くんはなんで『送りバントマン』になったの?」
可愛い彼女となった、八木さんの質問に川相くんが答えます。
「うーん、僕がみんなの力になれるなら、これほど嬉しい事はないし。それに……」
「それに?」
「ちょっと、ワクワクしたんだ。バントしかできない、地味で脇役なこんな僕でもヒーローになれるってことに」
それを聞いて、八木さんは。
「『送りバント』で周りの人を助けるのもいいけど、ちゃんと自分の幸せも『セーフティバント』してね。あと、脇役なんて言わないで。自分の人生は自分が主役なんだから」
「うん……、心配かけてごめん」
「でもでも! わたしは川相くんの、そんな優しいところが大好きなんだけどね」
「う、うん……。どうも、ありがとうございます……」
もう、ヒーローでは無くなったけれど、これからも川相くんは周りの人たちを『送りバント』して生きていくのでしょう。
そんな彼への神様の本当のおくりものとは、地球を救うために贈られた『送りバントマン』の能力ではなく、ともに人生を送ってくれる素敵な彼女ができた事なのかもしれないですね。
めでたし、めでたし。
おしまい