第1回・僕は送りバントマン
げんだーい、げんだい(むかーし、むかしの現代版)。
あるところに八木さんという、そこそこかわいい女子高生がいました。
八木さんはつやのある栗色のボブヘアーをなびかせて、登校中に食パンをくわえながら道路の角を曲がります。
イケメンと鉢合わせして、ラブストーリーを突然に始めるためです。
「きゃあっ!?」
ところが、角を曲がった八木さんに迫っていたのは、石のように固そうな硬式野球のボール。
危険球を食らえば骨折は確実、今シーズンの復帰は絶望的です。
しかし!
コツッ……。
球の勢いを殺した音が響き、三塁線ギリギリを沿うような軌道でボールがコロコロと転がっていきます。
八木さんの目の前には学ランを着た、古い木製バットでバントの構えをとっている一人の男子生徒がいました。
「あなたは……、同じクラスの川相くん?」
八木さんが話しかけますが、川相くんと呼ばれた少年は何も言わずにそそくさとその場を立ち去りました。
「……へんなの」
川相くんはスクールカーストでも底辺に位置する、寡黙で目立たない黒髪メガネの少年です。
野球部に所属してますが、レギュラーではありません。
バントだけは上手いので、いつも代打要員としてベンチを温めています。
どこにでもいる、地味な男の子。
それが、八木さんが知るクラスメイトの川相くんの印象です。
ある日の学校の帰り道、八木さんが横断歩道を渡っていました。
ところが、そこへ信号を無視してダンプカーが突っ込んで来ました。
「きゃあーっ!!」
運転手は今流行りのながらスマホをしており、赤信号にも八木さんにも全く気づいていません。
このままでは、八木さんの異世界転生は確実です。
危ないっ! ところが!
「時空バント壱式……、『時間送りバント』!」
突如現れた川相くんが、バントの構えから八木さんの背中をバットで押すと、八木さんはいつの間にか横断歩道を渡りきっていました。
「えっ?」
しかし、今度は取り残された川相くんにダンプカーが突っ込んで来ます。
川相くんは慌てず騒がず、バントの構えをダンプカーに向けると。
コツッ……。
球の勢いを殺したような音が響き、三塁線ギリギリを沿うような軌道でダンプカーがゴロゴロと転がっていきました。
「ふう。危なかったね、八木さん。ケガはない?」
「川相くん、あなたは一体……」
目の前で起きた出来事にぼう然としながら、八木さんが問うと。
「僕は『送りバントマン』。神様から送りバントの能力を贈られし者だよ」
「送りバントマン……?」
川相くんの話では近い将来、『地球が滅亡する危機』を迎えるらしく、それを防ぐための力を神様から授かったとのことです。
その力を使いこなせるようになるため、川相くんは日々練習を重ねているとのことです。
「ドタバタしてたら、だいぶ遅くなっちゃったね。家まで送ろうか?」
おおっと!
家まで送るよは、男子が意中の女子との仲を深めるための常套手段です。
「えっ……、別にいいのに」
「まあまあ、遠慮しないで」
と言いつつ、川相くんはバントの構えを取ります。
川相くんが八木さんをバットで押すと、気がつけば八木さんは自分の家の目の前にいました。
「家まで送るって、送りバントで?」
*
そんなことがあってから、八木さんは川相くんの事を注目するようになりました。
今まで気づきませんでしたが、川相くんは自分の事より他人を優先する、縁の下の力持ちタイプの人です。
野球部でも、代打要員とはいえ一生懸命取り組んでいる姿がうかがえます。
八木さんは川相くんの事を、『いい人』だなあと思いました。
そして、送りバントマンの能力を知った八木さんは、川相くんと関わることが多くなりました。
授業で当てられる順番を『先送りバント』してもらったり。
クリスマスまで待ちきれないので、日数を『早送りバント』してもらったり。
めんどくさい年賀状を送るのを手伝ってもらったり(これはバントは関係なかったり)。
困ってる時に、嫌な顔ひとつせず助けてくれる川相くんのことを、八木さんは『優しい人』だなあと思いました。
そうこうしているうちに、年が明けてバレンタインデーになりました。
街中、あちこちで男女がチョコレートのやり取りをしています。
学校の帰り道、八木さんが電柱の裏に隠れて誰かを待ち伏せしているようです。
そこへ、川相くんが現れました。
「何してるの、八木さん」
「しー。大きな声出さないで」
八木さんは、形のいい唇に人差し指を当てます。
「あ、ごめん。でも、八木さんにどうしてもおくりたいものがあって」
「えっ? おくりたいものって……?」
また送りバントか? と八木さんは身構えますが、川相くんから差し出されたのは手作りのチョコレート。
「ずっと前から好きでした。付き合ってください!」
おおっと! 今流行りの逆チョコ!
どうやら、川相くんは同じクラスになった時から、八木さんの事が好きだったようです。
お互いそれなりに仲良くなり、満を持しての川相くんの告白。
しかし、八木さんの答えはノーでした。
「ごめんなさい……。わたしは原くんの事が好きなの」
「原くんって、あの……」
原くんは、八木さんと川相くんと同じクラスメイトで、スクールカースト最上位の爽やかイケメン。
彼らが通う学園の、『若大将』とも呼ばれています。
しかも、川相くんが所属している野球部の不動の4番!
ベンチウォーマーの川相くんとは、月とスッポン、ミスチルとみそしるぐらいの差があります。
イケメンが好みの八木さんが好きになるのもやむを得ません。
どうやら、優しくていい人というだけでは恋愛には繋がらなかったようです。
その原くんが、ちょうど通りかかりました。
「原くん……」
電柱の陰に隠れる八木さん。手にはバレンタインデーチョコ。
しかし、渡す勇気が出ないのか、彼女が動く気配はありません。
惚れた女のしあわせを願ってこそ、男。
フラれてしまった川相くんですが、八木さんのために一肌脱ぐことにしました。
「僕がチョコレートを送ってあげようか?」
「えっ?」
「僕に向かって投げてみて」
八木さんは一瞬とまどいましたが、川相くんを信じてラッピングしたチョコレートを投げます。
川相くんはそれをプッシュバントでふわっと打ち上げると、内野の前進守備を越えるような軌道で、原くんの目の前に飛んでいきました。
「わっ!? なんだ? チョコレート?」
さすが野球部のレギュラーだけあって、原くんは慌てながらもナイスキャッチをします。
すかさず、バントの構えを取った川相くんが、バットで八木さんを押し出します。
「時空バント弐式、『空間送りバント』!」
するといきなり、原くんの目の前に八木さんが現れました。
「きゃっ!?」
「えっ!? 危ない!」
思わず、彼女を抱き止める原くん。二人の視線がからみあいます。
すぐに八木さんは、川相くんが自分のためにお膳立てをしてくれた事を知ります。
ここまでされて、引くわけにはいきません。
「あ、あの! わ、わたし、原くんの事が好きです!」
「えっ、そうなの? 実は俺も、八木さんの事をいいなと思ってて……」
原くんも八木さんの事を憎からず思っていた様子です。
「八木さん、これからよろしくな」
「は、はい。こちらこそ……」
お互いの両手のこぶしを付き合わせ、八木さんと原くんはめでたくカップルになりました。
ですが、まさかこんな結果になるとは思ってもみなかったのか、申し訳なさそうに川相くんの方を見る八木さん。
顔で笑って、心で泣いて。
川相くんはそんな彼女に、送りバントの構えでエールを送ってあげたのでした。