他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【70】
空腹と、疲労。
足や顔は痛いし。ダルいし。お腹は空いてるし。
気がつけば、私は見覚えのあるベッドの上で寝かされていた。
王宮の、王子と使っていた寝室。
朝だったはずの世界は、いつの間にか暗闇にまぎれている。
…それだけ長いこと寝てたのかな。
「姫さまっ!! お気がつかれたのですかっ!!」
感極まったようなアンナさんの声。
彼女のシワの入り始めた目尻には涙が光ってる。
…ってか、姫!?
いや、私、今、入れ替わってないよ!? この身体、私のものだし。
驚き、身体を起こす。少しきしむように痛いけど、ガマン出来ないほどじゃない。
見下ろしてもコンパクトな胸は、間違いなく私のものだし、サラリと流れ落ちてこない短めの髪はいつものことだし。
「殿下に早く、お知らせして。リナさまが、お目覚めですと」
驚く私に気づかずに、アンナさんがメイドさんに指示を出した。メイドさんも何の違和感も抱かず、その命令に従う。
「リナ…姫さま、って。…私のこと!?」
チョット待って。私いつから姫なんて立場になったの!?
「何を寝ぼけたようなことをおっしゃってるのですか。この数日、お姿が見えず、アンナは、とても心配しておりましたものを」
オイオイと涙を流されてしまった。
「こうして、殿下が姫さまを見つけ出してくださったから良かったものの。姫さまがおられなかったら、ルティアナにおられるお母上さまにも、お父上さまにも、どう申し開きすればよかったのか…」
「……ゴメンナサイ」
とりあえず、謝っておこう。
というか。私、完全にセフィア姫ポジションにいるってことかな。これは。
この髪で、この容姿で姫さまってかなり笑えるし、恥ずかしすぎるけど、そういうことらしい。
身体ごと入れ替わるってことは、その立場も完全に入れ替わるってことになるみたい。
「姫っ!!」
開かれたままの扉の向こうから、王子が姿を現した。
「目が、覚めたのですね」
ズカズカと部屋のなかに入ってくる。
優しい笑みを浮かべた王子。盛大に泣いていたアンナさんが、代わりに部屋から出ていった。
パタンと扉を閉められ、部屋には王子と私の二人っきり。
「王子…」
ベッドから王子を見上げる。
「十日だ」
王子が真面目な顔をした。さっき見せてた営業スマイルは、どこにもない。
「…セフィア姫がいなくなってから、十日が過ぎた」
…え!? そんなに時間が過ぎてたの!? それでもって、王子、アンタはセフィア姫のこと、覚えてるの!?
「またさらわれたのかと捜索していたのだが…。まさか、お前に会うことになるとは思ってもみなかったぞ」
朝、門が開くのを待っていたかのように王子が登場したのは、姫を探しに出かけるところだったからなんだろうか。十日。姫がいなくなってから、十日。王子は今朝みたいに、一生懸命探してくれていたんだろうか。
ベッドの縁に腰掛けた、王子の手が頬に触れた。
「………っ!!」
軽く、頬に痛みが走る。触られて気づいたんだけど、頬には、ガーゼのような布が貼ってあった。
「こんな無茶をして…」
痛い。けど、布越しに感じる王子の手はその痛みすら忘れるように、温かく優しく包み込んでくれた。
「これが、本当のお前なんだな」
「……うん」
セフィア姫の身体じゃない。これが本当の自分。
「髪、短いんだな」
「うん」
「目の色も黒い」
「うん」
「胸は、小さいんだな」
「うん…って、王子っ!!」
なにどさくさに紛れてとんでもないこと言ってるのよっ!!
「ははっ。お前らしい反応だな、リナ」
声を上げて笑われた。
しまった、完全にからかわれてる。
「……リナ」
むくれた顔を強引に持ち上げられた。
そして。
突然のように重ねられた口唇。
驚き、目を大きく見開いたけど、その口唇から伝わる熱に、私はゆっくり目を閉じた。
初めて交わす、王子とのキス。
姫の身体では実感出来なかった喜びが、じんわりと私のなかに満ち溢れてくる。
私がその喜びに身を委ねてると、王子の手が私の身体を抱きしめた。
「逢いたかった…」
口唇を離し、かすれた声で耳元に囁かれる。
苦しいぐらい力強く抱きしめられ、上手く声がでてこない。熱くなった息を吐き出すのが精一杯になってくる。
「リナ…」
もう一度、その吐息をふさぐように、今度は深く口づけられる。
息も、何もかも飲み込むような、激しい口づけ。
その激しさに、目の前がクラクラしてくる。
身体が熱い。
その火照った身体に負けないぐらい熱い王子の手が、私のネグリジェにかかる。
…ああ、暑いから脱ぎたかったのよね。
って、そんなことあるかぁっ!!
「ちょっ、ちょ、チョット待って王子っ!!」
何してんのよ、アンタッ!!
あわてて身を離す。
なんか、流れにまかせて、とんでもないことされそうになってた気がするんだけどっ!?
「ダメなのか!?」
「ダメに決まってるでしょっ!!」
必死に脱がされかけたネグリジェをたぐり寄せる。
「こういうのはっ、ちゃんと手順をふんでからっ!!」
古臭い考えって言われるかもしれないけど、乙女としては、その辺りは守って欲しいと思う。雰囲気に流されてやることじゃないと思うの。
「…結婚してるのに!?」
「やっ、でも、それはっ…」
それは成り行きでしただけで、ってか、結婚したのはセフィア姫だったし。でも、中身は私だったし。でも、あれを結婚として、はいそうですかと認めるのも…。
「姫との一件が終わったら、好きにしていいと言ったのもお前だぞ!?」
うえええっ!? いつっ!? いつ、私がそんなことを言ったのよっ!!
全然覚えてないんだけど。
グルグルと思考が堂々巡りを始める。
頭、完全パニック。ベッドの上で、ワタワタと意味もなく手を動かす。
王子は好き。何もかも捨てて、この世界にやって来るぐらいに。
でも、身体を許すのは、ちょっとまだ覚悟とかそういうのが足りない。
結婚してから、落ち着いてから。だけど、結婚は、もうしてるのよね。
「……わかった」
王子がベッドから離れた。
「今日は疲れているだろうから、ゆっくり休め」
私の額をトンッとつつくと、王子が部屋から出ていった。
暗い部屋に、私一人取り残される。去りぎわに王子の見せた真面目な横顔が、心に焼きついていた。
…これでいいんだよね!?
何もされずに、未遂に終わったこと。
よかったって安心する自分と、もったいないと思う自分と。
二人の自分がせめぎ合う。
どっちが正しい!? どっちも正しい!?
正解のない問いに、ベッドの上で身悶えするほかなかった。




