他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【7】
翌日。
結局、夜のうちにしっかり眠りについたところで、私は元の世界、私の身体に戻ることはできなかった。
差し込む朝日のもと、目覚めた私の瞳に映ったのは、昨日と同じ風景。
戻れなかったことにため息を吐きつつ、今日一日をここで過ごすことに、腹をくくる。
大丈夫。
事情を知ったアキトとナツキが助けてくれるって言っていたもの。
なんとかなるわよ。
こういうとんでもない状態なのに、冷静に落ち着いていられる自分に、少しだけ驚いた。
私、意外と肝が座っているみたい。
こんな状況にならなければ、知ることのなかった自分の性格だわ。
「入るよー!?」
遠慮がちなノックとともに、ドア越しにナツキの声がした。
「どうぞ」
と私が受けて、初めてドアが開く。昨日の朝みたいに、ズカズカと入ってくることを控えてくれているらしい。
「よかった。起きてるね」
ちょっと安心したようなナツキ。
「中身、まだ姫さまなんだよね!?」
なぜか、一応確認された。肯定の意味を込めて頷いてみせる。
「じゃあ、…その。着替えをしなくちゃ…いけないんだけど…」
言葉がモゴモゴと濁る。
「姫さま、出来る!?」
ナツキが壁にかかっていた衣装を持ってきた。
触ったこともない生地の、見たこともない服。
「…これは、どうやって…」
戸惑う私に、ナツキが盛大に息を吐き出した。やっぱりという顔をしている。
「…手伝い、いる!?」
「ええええっ!?」
いえ、それはさすがに。だって、ナツキは、このリナの弟とはいえ、男の子だし。
「侍女は!? 侍女はいないのですかっ!?」
いつもなら、侍女たちが着替えさせてくれる。そういうのは、ここにはいないのだろうか。
「いないよ。だから、オレで勘弁してほしいんだけど」
それともアキ兄ちゃんを呼んでくる!?と追加質問された。
とんでもないっ!!っと、首を痛いぐらい振った。アキトに手伝ってもらうのは、ナツキ以上に問題がありすぎる。
仕方ない。これもここで生きるためだ。
「…お願いします」
腹をしっかりくくり、観念することにした。
「セイフク」を着付けてもらうのは、ナツキ自身も手慣れてないせいか、時間がかかった。
特に、「ブラジャー」というものが難題だった。
どれを身につけるか、ナツキが選んでくれたのだけど、引き出しのなかからそれを取り出すのに、ナツキがものすごく嫌そうな顔をした。
「姉ちゃんのだけど…、う~、触るのビミョ~」
グッと触るのを避けるように、指先でチョンとつまんでいる。眉間に何本もの縦筋が入る。
そんなに触りづらいものを私は身につけるのだろうか。不安になる。
上着を脱ぎ捨て、上半身裸になっていた私の両肩に紐を通す。
なるべく見ないように、触らないように、ナツキなりに配慮してくれたのだろう。
しかし、その配慮がアダになる。
無理に押し付けられ、よじられ、小さな胸が痛い。
「…こうして、フックをかければいいんだよ、なっ」
ナツキがつけ終わったころには、胸はいびつに歪んでいた。胸の先端が「ブラジャー」から苦しそうにはみ出す。
「これ、胸をしまう服なのですか!?」
背後に回ったままのナツキに問いかけた。
「そうだけど!?」
ならばと、自分ではみ出た部分を中に押し込んだ。
「ブラジャー」のなかは、胸を収めるのに適した形に作られているのだろう。指で入れると、いいあんばいに安定して胸が収まった。「ブラジャー」の上からも触って確認してみる。柔らかく胸を守るような感覚。ちょっと動いたぐらいでは胸は弾まない。
これ、この胸では実感しにくいけど、大きい胸の女性の場合、胸が安定してすごくいいのではないかしら。揺れにくいというのは、動きやすいということだわ。
…あっちの世界に戻ったら、これと同じものを作らせようかしら。
「セイフク」を身に着け、ナツキと一緒に家の外に出ると、そこにアキトが待っていた。
私の着ている「セイフク」に少し似ている。違うのは、下に穿いているものぐらい。
「おはようございます」
そんなよく似た格好のナツキから、あいさつを受ける。
「おはようございます。今日は一日、お願いいたします」
こちらも、お辞儀をして、スカートの裾をつまんでみせる。
このスカート、普段のドレスのように足をほとんど隠してくれないから、かなり恥ずかしい。
つまみ上げるのも最小限にしないと、足が丸見えになりそうで、かなり怖い。
「…えっと。じゃあ、行きますか」
なぜかアキトが顔を赤くしていた。
やはり、これは短すぎるということなのだろう。
明日はもっと長めのものを用意してもらおう。
「ガッコウ」までの道のりは、知らないものばかりでかなり当惑した。
馬もいないのに走る乗り物。誰もが持ってる小さな板切れ。たまに、それをじっと眺めながら歩いている人もいる。膝上まで、大きく足をむき出しにして歩く女性。足の露出を恥ずかしいと思っていたけれど、これが普通なのだと、外に出て実感した。
だからといって、ここまで短いことに慣れることはないでしょうけど。
いろいろな知らないものに驚かず、知っている、当然という顔で歩くのは、なかなか難しい。これだけでグッタリとしてしまう。
いけない、いけない。
「ガッコウ」の「キョウシツ」にたどり着いてからも、アキトは色々と教えてくれた。
ここでは、じっと座って、教師の話を聞くこと。「ジュギョウ」ごとに勉強内容が変わっていくこと。王宮での勉強と少し作法が違うことに戸惑いもしたけれど、勉強の内容は、不思議と理解出来て、退屈することはなかった。
ただ。
「タイイク」という「ジュギョウ」には、とても困った。
それに参加するには、着替えが必要で。
ナツキもおらず、さすがにアキトに手伝ってもらうことも出来ず。私は初めて大勢の女性に混じって、自分で着替えた。
周囲の女性を観察して、見よう見真似でやってみる。
幸い、着替えるべき衣服は、スポンっと頭をくぐらせるだけだったりで、簡単に着ることができた。
とても軽いこの服は、運動するときに着るものなのだという。
確かに。
これなら動きやすそうだわ。
「ジュギョウ」は、走る速さを計るというものだった。
一定の距離を走って、その速さを競う。
こんなの初めてだから、とても緊張する。
でも、走るのは私だけじゃないわ。一緒に女の子たちと走る。
他の子がどうやっているか確認しておく。
そうね、合図があったら、あそこまで走っていけばいいのね。
わかったわ。
精一杯、全力で走るなんて。上手く、出来るかしら。
「よーいっ!!」
教師が声を上げた。
ドキドキする。心臓飛び出そう。
パアンッ!!
乾いた音を合図に、私は居並ぶ他の子に負けないように、前へと走り出した。