他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【69】
うおおお…。
夜が明けるより少し前。
私は、自分の前にそそり立つように立ち上がった城門を見上げた。
いつか見たことのある城門。巨人を防ぐほどには大きくないけど、それでも、見上げた首が痛くなるほどには大きい。
どこまでも続く城壁。時折丸い円柱の塔とつながっていて、多分、こういうところから兵隊さんが城壁に出てきて、外の敵と戦うんだろうな。同じような塔は城門の両サイドにもくっついている。まあ、城門の隣のは、他のに比べてごっつくてデッカイけど。
門の周りには、その扉が開かれるのを待ちわびていた人と荷馬車で、ごった返していた。城門は、夜が明けないと開かれない。夜、野盗や獣に襲われる恐怖から逃れようと、人々は少しでも安全を求めて門の近くで朝を待つ。
私も、その人波に紛れるようにして、夜明けを待った。
この門は、王都の城門。
この門をくぐれば。この門さえ過ぎれば、あとは王子の暮らす王宮まで一直線だ。
…王子。
薄い紫色と、深い藍色に染め上げられた東の空が、次第に赤色と水色に染まりだす。空に取り残された雲が、灰色と黄色のコントラストを見せる。
夜空の星は、その輝きを失い、世界は光を取り戻す。
もうすぐだ。もうすぐ、門が開く。
それはまるで、運命の扉のようで、私の心は否応なく高鳴る。
白っぽい光が、固く閉ざされた城門に濃い影を作り出す。と同時に、重々しい音を立てて、門が開かれた。
周りの人も安堵の息を漏らす。これで、無事に城下に入ることが出来る。
王子のもとに行くことが出来る。
ここさえくぐれば、エンディングまで一直線よっ!!
けど。
「…………通行証!?」
この城門をくぐるには、それが必要で。
持ってないと、門をくぐることすら許されてないんだって。
…ちょっと、何よ、ソレ。
そんなもん、持ってないってば。
学生証じゃ、ダメ…だよね、やっぱ。
「怪しいやつだな」
えへへとごまかそうとした私に、テンプレ的セリフを門番の兵士が吐いた。
「捕まえろ」
仲間の兵士に顎で促す。
冗談じゃない。ここまで来て。もうすぐ王子のもとに行けるってのに。
捕まえようとするオッサンの手を逃れて走り出す。
「おいコラッ!! 待てっ!!」
待てって言われて待つバカはいないわよっ!!
こういう時、陸上で鍛えた身体がものをいう。
鎧をつけたオッサンなんかに負けるはずがないっ!!
半ば無理やり城門をくぐり抜ける。
ここさえ抜ければっ!! あとは王宮まで走ればっ!!
………………って、アレッ!?
視界がグラつく。頭が一回転したような感覚。目の前が暗くなる。
あ、ヤバい。
膝…、カックン。
衝撃と同時に痛みが走る。
目の前にあるのは石畳。
足、限界だったみたい。
「捕まえたぞっ!!」
荒々しい声で、そのまま地べたに身体を押さえつけられる。
何人もの荒い息。後ろに組まされた手首。乱暴に取り押さえられ、頬を石畳がこする。
その痛みと悔しさに、目に涙が浮かぶ。
もう逃げることも、王子のもとに走っていくことも出来ない。
…王子。
もうちょっとだ。あと、もう少しだって思ったのに。
本当の私は、こんなにも王子から遠い存在だったんだ。
王宮どころか、街に入ることさえ許されない。
姫でもなんでもない私は、王子に会うことすら出来ない。地面に倒れ、押さえられヨレヨレのボロボロ、泥だらけ。
…私、何しにここへ来たんだろう。
「何の騒ぎだ、これは」
頭の上から降ってきた、その言葉に、急に私を押さえる力が軽くなった。
聞き覚えのある、懐かしい声。
「はっ。怪しい女がおりましたので、捉えておりました」
私を押さえたヒゲヅラの兵隊が恐縮したように答える。
地べたに転がりながら、声の主を見上げた。
白い馬にまたがった、声の主。数騎の部下を従えた、堂々とした姿。
朝日の逆光になってハッキリとは見えないけど、その顔は、その姿は…。
「……王子」
かすれた声が、ノドからこぼれる。と、グイッと頭を地面に押さえ込まれた。
後ろから、容赦なく髪をつかまれる。「無礼者っ!!」とか、「おとなしくしろっ!!」とか、叱り飛ばす声が重なる。
「待てっ!!」
王子が鋭い声を上げ、その手を制した。
「リナ…、なのか!?」
驚き、馬から飛び降りる。
信じられないものを見るように、私に近づいてくる。
周囲の兵隊さんはもっと驚いたようで、私を押さえる力が一気に緩んだ。
「王子…」
ゆるゆると身体を起こす。私を押さえていたはずの兵隊さんは、わけも分からず、頭を必死に下げている。ヒゲ、地面につきそう。
「リナ…」
もうあと数歩のところで王子が立ち止まった。
その緑の瞳を大きく見開いて、こっちを見ている。
王子の瞳に映る、私の姿…。
「おいっ!!」
耐えられなくなって、私は身をひるがえした。
どうしてか!?
そんなの、自分でもわからない。
ただ、今の私は、王子に自分を見られるのが嫌だったのだ。
あんなに逢いたかったのに。こうして逢えたのに。
意味分かんない。
けど、私は王子から逃れようと、必死に走った。
何に泣いているのかわからずに、涙だけをボロボロこぼしながら。
「待てっ!! リナッ!!」
王子が追いかけてくる。
…ゴメン、王子っ!!
必死に、全力で。走って逃げる。何から逃げてるのか、自分でもわかんないけどっ!! もうちょっと気持ちの整理がついたら、戻ってくるから。追いかけないでぇっ!!
呆然としてる人たちの間をくぐり抜ける。荷馬車、大きなカゴを持ったオバさん。ロバにぶつかりかけて、身をひるがえす。
ガツッ!!
けど、さんざん歩いてヘロヘロになった足は言うことを聞かない。
石畳につまずき、身体がバランスを崩す。
…まただっ!!
地面にぶつかる衝撃を覚悟して目をつぶる。
…けど、その衝撃が身体を襲うことはなかった。
「リナッ!!」
グイッと背中から身体を抱きすくめられる。力強く、シッカリと。
耳元に吐き出される、王子の荒れた呼吸。そして、大きく吐き出されたため息。
背中から伝わる、王子の熱。
「…無事か!?」
「……………うん」
その声に、涙がとまらない。
いろんな感情が、涙になってあふれ出てくる。
私、王子に逢うためにここまで来た。
自分の世界から飛び出してきた。
セフィア姫とも入れ替わった。
真っ暗で寒い道を、一人、王子に逢えると信じて歩いてきた。
「王子………」
逢いたかった。
その声を聞きたかった。
背中越しに感じるその存在。
逢えた。
やっと、逢えた。
「おいっ!! リナッ!!」
王子に抱きとめられながら、私は意識を手放した。




