他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【67】
アキトが私を連れ出したのは、以前にも訪れた、「スイゾクカン」だった。
私が気に入った「イルカのショー」。ヨチヨチ歩きが愛らしい「ペンギン」という魚ではない生き物。
再び、こうしてアキトと一緒に見られるのはうれしいのだけれど。
「聖愛、こっちへ来てみて」
とか、
「これ面白いよ 聖愛」
など。「セア」、「セア」と呼びかけられると。
まるで、アキトはあの入れ替わりの日々を全く知らないみたいに思えてくる。
入れ替わり事件より前、リナがこの世界にいた時に、彼女に接していたのとあまり変わらないのではないかしらと思える態度。
アキト。
リナから教えてもらった、彼の気持ち。
もう、忘れてしまっているの!?
あの入れ替わりの日々で出会ったすべて、なかったことになってしまっているの!?
私は、新たに元の自分にそっくりな、髪と瞳の色だけ違う、セアという少女になって、私のことをすべて忘れているアキトと、生きていかねばならないのかしら。
あの思い出をなかったことにされた、この世界で。
せっかくリナが、私にアキトに出会う機会をくれたというのに。
これでは…、これでは。
アキトに出会えたのに、悲しみが胸を襲う。
「ちょっと、休憩しようか」
少しづつ笑顔を忘れかけていた私に、アキトが声をかけた。彼とともに、「スイゾクカン」の中庭に出る。少し肌寒い中庭には、私たち以外の人影はなかった。
かわいらしいペンギンの彫像のとなりのベンチに、二人で腰かける。
「元気ないけど、疲れちゃった!?」
「いえ…」
並んで座るってありがたいわ。まともに顔を見なくても不自然に思われないから。
「ごめんね、無理言って連れ出して。でも、どうしても、ここに来たかったから」
それは、私も同じ。アキトと、再び「スイゾクカン」に来たかった。ここは、あの時の、大切な思い出の場所だから。
でも、こんな気持ちになるなら、来ないほうが良かったかもしれな…。
「会いに来てくれて、ありがとう。セフィア」
………え!?
私の思いを遮るように、アキトの言葉が降ってきた。
「え!? 今、なんて…!?」
驚き、彼の顔を見る。隣に座ったアキトの顔は、意外と近かった。
「忘れてるって、思ったの!? セフィアさん!?」
アキトの瞳が少し意地悪そうにきらめく。
「え、でも、ずっと私のこと「セア」って…」
ナツキやお母さまと同じように、呼びかけてくれていたわ。それこそ、入れ替わりを忘れているような態度で。
「うーん…。それなんだけどね」
アキトが顎をポリポリと掻いた。
「異世界転移の辻褄をあわせる設定が、セフィアさんと、その周囲に補正としてかかっているらしいんだ」
「どういうことですの!?」
「つまり。里奈がいなくなって、代わりにセフィアさんがこの世界に来た。この世界にいたものがいなくなって、いなかったものがいる。こんなの、普通誰だって驚くだろ!?」
「ええ。そうね」
「それを、どういう力が働いているのかはわからないけれど、違和感を与えないように、状況を変更する。そういう補正がかかっているらしいんだ」
それは、もしかしたら運命の神の御業なのかしら。
「こちらに来たセフィアさんは、もともと「神代聖愛」という女の子で。あの家で、両親と弟の夏樹と暮らしていて。僕と幼なじみで、高校生で。この世界で生きていくのに問題ないように、…その。髪の色も瞳も変化したんだと思う」
金の髪、青い瞳では、この世界になじまない。そういうことなのかしら。まあ、あの家族のなかに、元の髪色の私がいたら、かなり驚かれそうね。
「みんなのなかの記憶も書き換えられているから、違和感なく「聖愛」って呼びかけてるんだけど…。ごめん。僕も、途中までその書き換えに流されてた」
「アキト、も…!?」
「うん。普通に、幼なじみの「聖愛」を受け入れてたし、里奈のことを忘れてた」
「そんな…」
この世界で、私が来たせいで。リナはこの世界にいなかったことにされているの!?
「でも、思い出したんだ。僕の本当の幼なじみは誰かって。その幼なじみのおかげで、こうして大事な人に逢えたってことを。全部思い出した」
アキトが拳をグッと握りしめた。そこに、リナとの記憶を留めているのかもしれない。
「アキト…。では、アナタは、あの時のことを…、入れ替わりのことを…」
アキトが頷く。
「全部、覚えてる」
よかった。一瞬、強張った身体から力が抜ける。
安堵とともに、目に涙が浮かぶ。
「こうして水族館に来たこと。イルカのぬいぐるみをあげたこと。一緒に勉強したこと。文化祭を一緒にまわったこと。キャンプファイヤーのときのこと。別れの公園でのこと」
「ああ…」
それは、私とアキトの大切な思い出。私がアキトへの気持ちを育んだ時間。
「僕がこうしてセフィアさんに会えるかどうかは、里奈との賭けだったんだ。お互いに、大切な人に逢いたい、逢いに行きたいと、そう願った」
アキトの言葉を一言だって聞き漏らすまいと思うのに、感情が高ぶって鼓動が邪魔をする。
「だからこうして、逢えたことをすごくうれしく思ってる。会いに来てくれたことを、うれしく思ってる」
「アキト…」
私の声が震える。
「セフィア。僕は君が好きだ」
その一言に、私の涙は一気に溢れ落ちる。
視界が歪む。
ダメよ。これじゃあ一番覚えておきたい、今の彼の顔を見ることが出来ないわ。
真っ直ぐに私を見てくれる、アキトの顔。
「私も、私も…」
せめてこの想いだけでも伝えようと声を上げるけど、震える口唇はそれ以上言葉を紡げない。
「セフィア…」
アキトの少しざらついた指が頬を伝う涙を拭ってくれた。そのまま顔を持ち上げられ、彼の瞳に、黒髪の私が映っているのが見えた。
アキト…。
すべての想いをこめて、そっと目を閉じる。
震える私の口唇を、そっと彼が塞いだ。
優しい、けれど、たくさんの想いの詰まった口づけ。
それは、私が一番欲しかったもの。アキトからの愛情の証。私の彼への想いの証。
口唇から伝わる彼の熱に、私の身体は満たされていく。
ベンチで二人、静かに寄り添いながら、流れる時間を過ごす。
「髪の色、変わっちゃったけど、大丈夫!?」
アキトが尋ねた。
金から黒に。瞳の色も変わった。名前も。立場だってルティアナ王女から、「コウコウセイ」に。アキトは、私が後悔していないか、心配しているのかしら!?
「気にしていません。こうして、アナタと過ごせるのだから」
「セフィア…」
アキトが、少しだけ目を細めた。
「それにね。セアって呼ばれるの、嫌ではありませんのよ!?」
「え!?」
「私、幼い頃、家族から「セア」って呼ばれていましたもの」
お姉様やお母様から「セア、セア」と親しみをこめて呼ばれていた。もう二度と会うことのない、懐かしい家族。
「だから、「セア」であること。少しうれしいと思ってるの」
「セフィア…」
「アキトも。私のことを「セア」って呼んでくださって構わないのよ!?」
お姉様たちと同じように、親しみを、愛情をこめて呼んでくれるのであれば、「セア」でも「セフィア」でも構わないわ。
「聖愛…。いや」
アキトが軽く首を振った。
「セフィア。僕にとっては、すべてをなげうって僕のところに来てくれた、ただ一人の「セフィア」だよ」
「アキト…」
「みんなと違う呼び方が出来るなんて。僕だけの特権だしね」
そう言って、軽く額に口づけられる。
「それと、これを…」
言いながら、アキトが私の左手を取った。
「今は、こんなのしか贈れないけれど」
薬指にはめられた、イルカの指輪。
「いつか、本物を贈れるまで。大切に持っていて!?」
「アキト…」
今日だけで何度流したかわからない、涙がまた溢れ出す。
「聖愛」になったことで失ったもの。それを補うにあまりある、アキトからの贈り物。
…アキト。
私、このアナタへの気持ち、一生忘れないわ。すべてを失った私が、唯一持っていた、大切な、アナタへの想い。
…そして、リナ。
私、この指輪に誓って、必ず幸せになるわ。
この運命を授けてくれたアナタのためにも、必ずアキトと幸せになる。彼を幸せにしてみせるわ。
アキトに身を寄せ、彼から抱きしめられながら、彼女のことを想う。
…ねえ、リナ。
今、アナタも幸せかしら。
遠く彼方の世界にいるであろう、リナにそっと呼びかけた。




