他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【66】
……………リナ。
いきなり意識が自分のなかで、覚醒したことを自覚する。
同時に目を開け、情報が、世界が一気に私のなかに流れ込んでくる。
低い天井、狭い部屋。冷たい空気。見慣れた景色。外から聞こえる、鳥のさえずり、「クルマ」の音。
「私…」
来れたのかしら。あの世界に。
アキトの暮らす世界に。
ゆっくりと身を起こす。自分にかかっていた上掛けは、以前のものと違って、少し厚い。
ボフッと音を立てて、上掛けを外すと、寒さで身体が震えた。
けれど、その寒さも、周りの音も、景色も。五感に伝わる全てものもが、私がこちらの世界にいることを実感させる。
私、こちらの世界で生きてる。
来たくて来たくてしかたなかった、あこがれの世界。
会いたくて会いたくてしょうがなかった、アキトのいる世界。
……アキト。
彼に逢いたい。
そう思ったら、もう止まらなかった。
急いで身支度を始める。
入れ替わりでさんざん着慣れた「セイフク」を身につける。
スカートを穿く。シャツを留める。ああ、もどかしい。
少しでも早く、彼に会いたいのに。
髪だって、邪魔だわ。でも、きちんとした身なりで彼に会いたいし。
キチンとくしけずって、きれいに整えて…え!?
ええっ!?
鏡に映った自分、いつもの動作をする自分を見て驚いた。
長い髪、白い肌。胸だって背丈だって、いつもの自分の身体。
でも、髪の色と瞳の色が違った。
「黒い…」
鏡のなかの自分に手を伸ばす。
ツヤツヤとした黒く長い髪。湖水のようと例えられた瞳はアキトたちと同じ、夜闇色に染まっている。
「これが、私…」
瞳と髪の色以外に、おかしなところはない。
でも、どうして!? どうして、こうなっているのかしら!?
「姉ちゃん、起きてる!?」
声と同時にドアが開けられた。顔をのぞかせたのは、ナツキ。
「アキ兄が、会いに来てるけど…。なあ、学校、休みだぜ!?」
寝ぼけてる!? ナツキが眉をひそめた。
「着替えて参りますから、アキトにそう伝えてください」
「わかったー」
なにごともなかったかのように、自然にナツキが戻っていく。ドタドタと階段を降りてゆく音。
…今、彼は驚かなかったわ。
今の私の姿はリナではない。普通なら、「誰!?」とか問われそうなのに。当たり前のように、私を「姉ちゃん」と呼んで、この状況を受け入れていた。
…これは。どういうこと!?
アキトなら、その理由を知っているかもしれない。
そう思って、急いで着替え直す。
髪もいつものように、手早く結い上げる。
急いで、でも軽やかに階段を降りていく。
「あら、おはよう、聖愛」
朝食を用意していたリナのお母さまが、朗らかに言った。卓には、お父さまとナツキの姿。
「朝ごはん、どうする!?」
誰も驚かない。お父さまは、板切れ(スマホと、以前に聞いた)から少し視線を上げただけだし、ナツキはパンを頬張ることに夢中だった。それどころか。
………セア!?
それは、私のことかしら。
「すみません。私、少し出かけてきます」
今は申し訳ないけど、ご飯をいただいてる場合ではないわ。
「いってきます」
挨拶だけ残し、アキトのもとへむかった。
* * * *
「なあ、お母さん」
パンを飲み下した夏樹が、声を上げた。
「姉ちゃんってさ、昔からあんなんだったっけ!?」
もっとガサツだったような気がするんだけどなー、でも、昔からそうだったと言われれば、そういう気もするし。考えれば考えるほど、頭がこんがらがってくる。
「ふふっ。恋をするとね、女の子は変わるのよ」
夏樹の目の前のコップにオレンジジュースを注ぎながら、お母さんが答えた。
お父さんは何も言わない。ただ、スマホをいじる手は止まっていた。
「聖愛も大人になったってことでしょうね」
お母さんが、慌ただしく、それでもキチンと閉められたドアを見つめた。
「ふーん」
あの、姉ちゃんが、ねえ…。
お父さんは無言のまま、ズズッとコーヒーをすすった。
見送るお母さんの視線の意味を理解するには、夏樹はまだ人生の経験値が足りなかった。
* * * *
急いで玄関ドアを開けた私は、もう少しでアキトとぶつかるところだった。
「おはよう、聖愛」
屈託なく笑うアキト。
「え!? セアって…」
その名前…。
「立ち話もなんだし。そうだな。今日は少し出かけないか!?」
私の容姿にアキトは驚きもしなかった。
…これは、いったいどうなっているのかしら。




