他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【65】
「でも…」
必死の説得にも係わらず、セフィア姫はまだ迷っていた。
「ねえ、セフィア姫」
私は、ここで押しの一手に出ることにした。
「あのイルカのぬいぐるみ。どうしてあんなに大事にしてたの!?」
「えっ!?」
え!?
みるみる間に、姫の頬が真っ赤になっていく。マンガとかなら、頭が噴火しそうなぐらい。
「えっ!? やっ、どうして、そのっ…!!」
予想以上だけど、わかりやすすぎる反応だった。
「…どうしてわかるのですか!?」
「あれで、わかんないって思ってたの!?」
抱きしめて寝てたり、机の上にこっちをむいて大事そうに置かれてたり。あれでわかんなかったら、どんだけ鈍いのよ、私。
「暁斗たち…、ううん。暁斗にもらったから、大切にしてたんだよね!?」
私の問いに、姫が真っ赤になりながら恥ずかしそうに小さく頷いた。
「暁斗のこと、好き!?」
「えっ!? あ…」
はい、と、声にならないような、かすれた音で姫が答えた。耳まで赤い。でも、うつむき加減の姫の顔は少し口角が緩んで、なにやら幸せそうだ。
「そっか。じゃあ、これはちょっと特別」
言って、私は彼女を力いっぱい抱きしめた。
以前、姫に触れたことで伝わった情報の逆バージョン。
―――僕も、セフィアさんに会いたいんだ。会って話しがしたい。
―――好きだよ。
暁斗の、あの時の告白を伝える。
姫を想って真っ直ぐにこっちを見て告白してきた時のこと。恥ずかしそうに赤くなりながらも、ストレートに伝えてきた、あの暁斗の顔。
わがままを、無茶な話を私に言ってる自覚はある。だけど、それでも姫に逢いたいという暁斗の感情。
勝手に伝えるのは反則かなと思ったけど、姫の背中を押すには、これしかなかった。
「アキト…」
姫が呟いた。
言葉と一緒に、キレイな真珠のような涙が、溢れてこぼれ落ちる。
「暁斗に逢いたい!?」
コクリ。言葉もなく、姫が頷いた。
「暁斗と一緒にいたい!?」
コクリ。
「暁斗と、生きていきたい!?」
コクリ。
「なら、ここで私と入れ替わって。お願い」
「でも、そのようなことをしたら、リナが…」
泣きながら、想いを溢れさせながらも私を案じようとする。
「別に二人のためだけじゃないよ」
エイッと、その生真面目すぎる姫の額をデコピンしてやる。
「私が、そっちの世界に行きたいの」
人生初のデコピンだったんだろう。姫が泣くのをやめて、キョトンとした。
「私ね、王子が好きなの」
「リナ…」
「入れ替わって、知り合って、一緒にいるうちに、王子のことをいつの間にか好きになってた。忘れるなんて出来ないぐらい、大事な存在になってた」
多分、これは、暁斗と姫も同じなんじゃないかな。
「王子が私のことをどう思っているかは知らない。私より姫のほうが良かったのかもしんない。でも。でもね」
かつて、暁斗がそうしたように、私も姫を真っ直ぐに見つめた。
「私、あの世界に行きたい。行って、王子に逢いたい。王子のこと、好きだから」
何もかも捨てていけるほど、王子が好きなのか。それはまだよくわかってない。もしかしたら、ひょっとすると、この選択を後悔する時がくるのかもしれない。でも今は。今は、何があっても王子に会いたかった。この思いの命ずるままに、生きて行きたかった。
「リナ…」
姫がそっと目を閉じた。
ほんの一瞬、だけどたくさんのことをいっぱい考えている。
「わかりました。私、入れ替わります」
目を開けた姫の顔に迷いはなかった。涙の跡は残っているけど、清々しいほどキレイな笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、セフィア姫」
うれしくて、感謝の気持ちを伝えたくって、姫の身体に抱きつく。姫も、私の身体に腕を回してくれた。
「暁斗を、頼むね」
「ええ、殿下をお願いします」
「夏樹や、お母さんたちも、よろしくね」
「ええ、私もアンナをお願いするわ」
「ケンカしちゃダメだよ」
「それは、アナタたちのほうが心配ね」
「幸せになってね」
「ええ、アナタも」
少しだけ身を離してお互いの顔を見る。
幸せに。幸せになって。
私も絶対幸せになるから。
そう願いをこめて、相手を見つめる。
大丈夫。
私たちは幸せになれる。
一年後、五年後、十年後。
未来はどうなっているかわからない。けど、どんなことが起きたって、負けない。大好きな人と生きるために、絶対負けない。
一年後、五年後、十年後。
百年後は無理かもしれないけれど、ずっとこの恋を抱いて、好きなあの人と一緒に生きたい。そばにいたい。
私たちは幸せになる。
それは、このとんでもなくワガママな運命を選んだ私たちの、運命を取り替えた相手への、お互いへの誓い。
「じゃあ、ね」
姫の腕をつかみ、グルっとその立ち位置を入れかえた。
身体を離し、名残のように掴んでいた手を離すと、セフィア姫の身体が後ろに引っ張られ始めた。
セフィア姫は、私のかつて私のいた世界へ。
遠ざかりながらも、相手の顔から目を離さない。
幸せに、幸せに、幸せに。
ありがとう、ありがとう、ありがとう。
言葉にならない思いを視線にこめる。
涙を溢れさせた姫の顔。
もしかして、見送る私も泣いていたのかもしれない。姫の顔が少しぼやける。
「リナ、ありがとう…」
霧に紛れた姫が、感謝の言葉だけを残して姿を消した。
さて、と。
私もあっちの世界、王子の元へ行かなくちゃ。
そう思って振り返る。
と。……えっ!?
背後にあったのは、霧ではなく、ポッカリと空いた黒い穴。
周囲の霧がその穴にドンドン吸い込まれている。そして、私の身体も…。
ヤバイっ!! 日食が終わりかけてるんだっ!!
私は、その穴から逃れようと、必死にもがいたけど。
「きゃああああっ!!」
何このブラックホール!! 吸引力強すぎっ!!
…助けて、王子っ!!
声にならない悲鳴をあげて、私の身体は、その闇のなかに吸い込まれてしまった。




