他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【62】
―――私を呼ぶ声はね、何ていうのかな。白いモヤみたいな、霧の中みたいなところから聞こえてきたの。
初めて聞いた、知らない女の人の声。
「お願い。誰か、お願い。伝えて。お願い」
声は必死にお願い、伝えてと、くり返していたわ。
その切実な声に、私は引かれたの。私もね、里奈、アナタや夏樹に伝えていないことがいっぱいあったから。もちろん、お父さんにも。
誰が、そんなに呼んでるんだろう、何を伝えたいんだろうって思った時よ。
私、あちらの世界に、あちらの世界の女性の身体に入り込んでいたの。
驚いたわ。
目が覚めたら、全然知らない世界だったんだもの。
自分の身体とは全然違う。金の髪、緑の瞳。歳はよく似てたけど、それ以外、外見は全然違った。立場も。お母さん、ではあるけれど、周囲からは、こう呼ばれていたわ「セレスティーヌ王妃」と。
私が、王妃よ!? 驚くよりも、笑いそうになったわ。
セレスティーヌ王妃、―セレスは、自分の身体に入り込んだ私に、いろんなことを頼んだの。もう自分で身体を動かすことは出来ないから、代わりにアナタが動いて、大切な人たちに、自分の気持ちを伝えて欲しいって。そうお願いしてきた。
スッゴク戸惑ったけど、彼女の身体のなかで、身体に残っていたその願いを私は聞き届けることにしたの。
私もね、似たような願いを持っていたから。彼女の痛いぐらいのその気持が理解できたから。
セレスは、王妃ではあったけれど、政務にあまり関わることのない存在だったの。もともと身体が弱かったのかしら。王宮のなかでも静かな、バラの咲く庭園が見える部屋で療養していることが多かった。
夫である国王は、政務の合間を縫うように、時折顔を出してくれていたし。子どもも、王子が一人、母親であるセレスのもとに遊びに来ていたわ。
身体さえ強ければ、彼女はこの二人と幸せな家庭を築いていけたのに。
そう思うと涙がこぼれそうになった。
だって。彼女は、もうどこにもいなかったから。身体に願いだけ残して、天国に旅立っていたから。
私に聞こえた声は、彼女の最期の、生命の終わりに叫んだ声だったの。
その声に、私は呼ばれたのよ。
私が入ると、セレスの身体は一時的にだったけれど、元気になったわ。彼女と違って、私の魂は元気だったからかもしれない。
ベッドから離れ、以前のように動けるようになった私を、国王と、幼い王子は喜んでくれたわ。
「母上、母上」ってね。柔らかい手で、うれしそうに王子はじゃれついてきてくれた。王さまは、「セレス」って、うれしそうに見つめてくれた。
二人が喜んでくれてうれしかったけど、反面、悲しくもあったの。
そこにいるのは、私であってセレス本人ではないから。
本当のことが言えないのは、とても辛かった。
それでも、私は、彼女の願いどおりに動いたわ。
まず、王子を何度も抱きしめたり、頭を撫でたり。トコトン愛情を示したの。
王子もね。ちょっと恥ずかしそうだったけれど、いっぱい甘えてくれた。
元気になった私と、少しだけ王宮の外に出かけたりもしたわ。途中でね。これはセレスの願いにあったわけではないけど、とある少年を助けたりもしたわ。銀の髪の、そうね。今の夏樹よりもう少し年上の少年だった。髪の色のせいで、街で虐げられているのを見かけたの。「オオカミが人間の女に産ませた子」なんて、ものすごい偏見に満ちた言葉で、痛めつけられてたのよ。
私、許せなくって。オオカミと人間のあいだに子どもが出来るわけないでしょ!? バカなこと言って、虐げることを、私は認めませんって、まあ、王妃っぽく怒って、少年を助けたの。
銀髪だからオオカミの子って。迷信もはなはだしいわ。まあ、そう言わせてしまうほど、キレイな銀髪の子だったけれど。
名前!?
幼い頃に親から捨てられて、名前を知らないって言うから、私が名付け親になってあげたわ。
…シルヴァンって。
銀髪からのイメージで、安直にも感じたけれど、それでもその子は喜んでくれた。
ああ。話がちょっとそれちゃったわね。
セレスの残した伝言のなかにはね、彼女の友だちに国政を扶けるように頼むっていう、とんでもないものもあったのよ。
政治なんて男性に、王さまに任せておけばいいのにって思ったんだけど。実際、その友だちに会って、セレスの意見に同意することにしたの。
彼女、アンジェラは女性にしておくにはもったいないぐらい、政治に詳しかった。国際情勢、経済活動、国政。そのどれにおいても、一言以上の意見を持っていたし、その意見は、私からみても、理になかってる。そう感じた。
古い、旧来の考え方にとらわれない、斬新な発想。歯に衣着せぬ、言動。
だけど、あの国で女性が大臣になることは出来ないし。
そこで、セレスがお願いしたのは、―セレスも十分に斬新だと思うけど―、王さまの愛妾になって、国政に関わってほしいってことだったの。
驚くでしょ!?
自分の夫の愛人になってって、頼む妻がどこにいるっていうのよ。
アンジェラからも呆れられたわ。
でも、そうするしか、政治に関わってもらう方法がなかった。
同じ女として、結婚せずに国のために人生を捧げてってお願いするのよ!? それも、愛してないのに、愛人になれって頼むのよ!? 酷いとは思ったけれど、彼女は、その願いを聞き届けてくれたわ。
王子が一人前の大人になるまで。王さまを扶けて、国を守る。そのために、愛妾という立場にも甘んじてくれた。
「この国は、陛下と王子殿下は私が守って差し上げるから」
彼女は最後に、そう言って笑ってくれた。
そして、王さま。
セレスが最期に王さまに伝えたかった言葉も伝えたわ。
私が伝えていいものなのか、すごく迷ったけれど。それでも、伝えないわけにはいかなかったから。
それはね。
―――愛してます。
―――アナタに出会えて、私は幸せでした。
―――離れていても、アナタの幸せを願っています。
そう。
セレスの身体は、私が入っていても限界だったの。
本当の魂がいないのだもの。
願いを叶えるだけの時間しか、身体には残されていなかった。
ゆっくりと力を失っていく身体を、王さまはこれ以上ないぐらい、きつく大事に抱きしめてくれた。
「セレス、セレス…」
あの悲痛な声は、…ごめんなさい。今でも忘れられないの。
最期の力を振り絞って、王さまの涙に濡れた頬に触れた。それが最期だった。
次に、私が気がついたのは、今の私の身体。
病院のベッドの上で、いろんな管を身体につながれた、私の身体。
心配そうに、でもうれしそうにのぞきこんでくる、お父さんや里奈、元気そうな夏樹の顔が見えたわ。
さっきまで夢でも見てたのかしら。
一瞬、そう思った。
でも、手に残る、王さまの涙の温かさが、身体に伝わった深い悲しみは、夢じゃないって私にずっと伝えてた。
あれは、現実にあったこと。セレスという女性の最期を、私が経験したのだと、自覚していたの。
だから。
元気になって退院してからも、時折思い返して泣いていたわ。
―――幸せになって。
―――愛してるわ。
短い間だったけれど、セレスになって、王子や王さまの愛情に触れるうちに、私も、彼らを愛しいと思い始めていたから。
錯覚かもしれないけど。でも、私の中にも、彼らへの気持ちが残ってしまったの。
―――え!? 王子と、王さま、アンジェラの名前!?
確か、ヴィルフリート王子と、ライナルト陛下と、アンジェラ・ロワイユよ。




