他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【59】
「ねえ、暁斗っ!! それ、どういうことっ!!」
思わず、暁斗につかみかかる。
帰れるのっ!? 戻れるのっ!?
「落ち着いて、里奈」
これが落ち着いていられるかっての。
「どうやって!? どうやったら行けるのっ!?」
藁にもすがるような気持ちで、暁斗に尋ねる。
「…それを話すには、里奈。君の覚悟を聞かなくちゃいけない」
暁斗の声は、どこまでも冷静だった。
「覚悟…!?」
暁斗が頷く。
「この世界に戻れないかもしれない。そういう覚悟」
暁斗は真剣だった。
ウソを言ってるわけでも、からかっているわけでもない。
だからこそ、その言葉が重く響いた。
―――戻れないかもしれない。
王子に会いたい、とは思う。
けど、それがこの世界、家族や友だちとの別れにつながるとなると…。
暁斗をつかんでいた手が緩む。
「無理にとは言わない。嫌なら、この話は聞かなかったことに…」
「…行くわ」
暁斗の声を遮るように、答えた。
「行きたいの。行く方法があるなら教えて」
ほぼ即決だった。
迷わないわけじゃない。この世界が嫌いなわけじゃない。
お母さんやお父さん。夏樹。学校の友だち。
暁斗だっている、この世界。
そりゃあ、嫌なことだっていっぱいある。テストの度に訪れる赤点の恐怖とか、高校生になって入部した陸上部の理不尽な監督とか。あの監督のせいで、ブチ切れた私は、それまで続けていた陸上を辞めた。まあ、それは置いといたとして。
他にも、未来に対して不安もある。今は高校生というそれなりに安定した立場だけど、卒業しちゃえばどうなるかわからない。進学!? 就職!? ぼんやりと進学を考えているけれど、それもどうなるかわからない。大学をどこにするか。そして進学出来るのかどうか。高校に進学するときにも味わった、あの不安定な気分になる季節が、必ずやってくる。卒業しても、その先、わずか一ヶ月後の自分の姿すら想像できない不安定さ。
そんな世界だけど、生まれ育った世界だから、愛着はある。やり残したことへの未練もある。
だけど。
だけど、その世界への愛着と、王子に逢いたいという気持ちを天秤にかけた時。大きく傾くのは王子の方だった。
あの時。
ベッドに横たわる王子を見た時。
私は、心臓を鷲掴みにされたような、鼓動を無理やり止められてしまったような苦しさを知った。
息の仕方を忘れた。目の閉じ方、耳の聞こえ方を忘れた。
声もつまり、感情の一切が消えた。
王子が、苦しんでる。
ただ、そのことだけで、身体がいっぱいになった。
…私、王子のことが好きだったんだ。
この時、初めて自分の気持ちを知った。
―――これは、姫と俺の問題だ。
この言葉を聞いた時、どうして、何も反論できなくなったのか。
アデラとの二股疑惑に、どうして、鉛を詰め込まれたような気分になったのか。
その理由が、ストンと私のなかで、唐突に理解出来た瞬間だった。
…私、王子が誰かを見てるのが嫌だったんだ。
王子とは、ちょっとした運命の手違いで出会ってしまった、そういう関係だと思っていた。異世界の人だし、セフィア姫のダンナさんだし。旅行先で出会っただけの、それ以上でも何でもない関係の人。そう思い込もうとしてた。
でも、違った。
私が王子を好きだから、あの言葉に、深く傷ついたんだ。
反論できなくなったんだ。
あちらの世界に行くこと。この世界に残ること。
多分、どっちを選んでも、ものすごく後悔すると思う。王子に逢いたい、この世界の人たちと離れたくない。どっちもやりたい、どっちも欲しいってワガママは、どちらかを選んだ時点で、選ばなかったことが後悔となって、見えない足かせのように引きずり続けることになると思う。
何を選んでも後悔するなら、今は、心の命じる方を選ぶ。誰かに決められたわけじゃない。自分で決めたこと。そう思えば、遠い将来後悔しても、責める相手は自分だけ。お前が選んだんだろって、自分に自分で言い聞かせることが出来る。
私が選ぶほうは決まってる。
心を死なせたまま、生きていくことなんてしたくない。
「ねえ、お願い。あちらの世界に行く方法、教えて」
もうこの感情にウソをつくことは出来ない。
真っ直ぐに暁斗を見つめた。




