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55/72

他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【55】

 襲われた場所が、療養施設の前だったのが幸いした。

 多くの医師、薬、それらが殿下の一命をとりとめてくれた。

 相手が老女で、力が弱かったことも良かったのかもしれない。

 けれど、かなりの体力を消耗したのだろう。殿下の意識はなく、浅い息の下、苦しげに横たわっていらっしゃる。

 …(わたくし)の、せいだわ。

 あの老女をはじめとした連中は、私を見て叫んでいた。

 「ルティアナの女」

 「国を滅ぼす魔女」

 あのような殺意と憎悪を正面から向けられたのは、初めてだった。

 ローレンシアとルティアナ。両国の平和の礎として嫁いできた。将来は、この国の良き母となる。先ほど慰問中に誓った心が砕けそうになる。

 「妃殿下…」

 ランプの明かりだけになった部屋に、滑りこむようにシルヴァンが入ってきた。

 「先ほどの者たちを、全て留置所に収監いたしました」

 「そう…」

 「国王陛下が処遇を決められるかと思いますが、おそらく厳罰がくだされるかと」

 「…………。陛下に、情けある裁きをお願いしてくれないかしら」

 殿下がこのような目に遭っているにも関わらず、(わたくし)は、厳しい裁きを求める気はなかった。

 「…承知しました」

 シルヴァンがどう思ったのかはわからない。けれど、彼は(わたくし)に反対することはなかった。

 「うっ…!!」

 「殿下っ!?」

 苦しげに、殿下が声を上げられた。

 …気がつかれたのかしら!?

 あわてたように、シルヴァンも近づいて殿下の容態をうかがう。

 「ここは…!?」

 かすかに緑の瞳を見せた殿下が問うた。

 「療養施設のなかです。安全なところにおります。ご安心ください」

 必死に伝えようと身を乗り出す。

 「そうか…」

 安心されたのか、深く息を吐き出し、その手をこちらに伸ばされた。熱を持った手が、私の頬に触れる。

 「お前が、無事でよかった…」

 …お前!?

 「…リナ……」

 …えっ!?

 問い直すヒマもなく、殿下はまたその瞳を閉ざされ、意識を手放された。頬に触れた手からも力が抜け、寝台の上にこぼれた。

 意識が混濁されているのかしら。

 仮にそうだとしても、今のは…。

 殿下の額の汗を拭う。水に濡らした布は冷たく、触れた殿下の肌は熱い。

 シルヴァンは、来たときと同じように、何も言わず、音もなく部屋から出ていった。

 「…殿下」

 こういう時、どうしたらいいのでしょう。

 嘆く!? 悲しむ!? それとも怒る!? 恐れる!?

 わからない。

 今、どのような感情が正しいのかわからない。

 あらゆる感情がないまぜになって、絡まっているような。その絡まった感情をどう吐き出せばいいのか。

 わからない。

 今できることは、ただ一つ。

 殿下の汗を拭って差し上げ、その回復を祈ること。

 「殿下…」

 ランプの明かりの下、殿下のお顔をじっと見つめる。

 (わたくし)のことを「リナ」と呼んだ時の殿下の、優しげなお顔が頭から離れない。


     ⇔     ⇔     ⇔     ⇔ 


 夢を見た。

 あの世界の夢。

 私は空気のように、幽霊のような霞んだ存在になって、フワフワ浮いていた。

 …あ、セフィア姫だ。

 フワフワの先にいたのは、あの超美人のセフィア姫だった。

 中身が本人だと、やっぱ違うのかな。

 私が入っているときよりも、その後ろ姿は数十倍美人に見えた。

 …おーい、おーい。

 …セフィア姫、聞こえてるーっ!?

 背後からクロール!?で近づいた私は、声を上げて彼女を呼んだ。

 久しぶりに会った中学の同級生にでも声かけるカンジで。懐かしい人に会ったふうに。

 …こんな幽霊みたいになった私の声、聞こえるのかな!?

 そう思ってたら、姫が少しだけこちらを振り向いてくれた。

 …おっ、聞こえてる。おーいっ!!

 うれしくて、急いで近づく。…そして。

 ………………えっ!?

 セフィア姫の身体の先、ベッドに横たわっていたのは…。

 …王子っ!!

 王宮のとは違う。少し簡素なベッドの上で、浅い呼吸をくり返している王子。額に浮かぶ汗。顔色も、あまりよくない。

 …ねえ、これどうなってるのっ!?

 姫を問いただそうとして、彼女の肩に触れる。

 …えっ!?

 彼女から、あふれるように情報が私に流れ込む。

 私と別れてからの王子と姫。仲よさげではあるけど、それ以上じゃない。

 王太子妃としての日々。

 療養施設の視察。王太子妃としての責務を自覚する姫。

 そして。

 二人を襲った人たち。

 呪うような、老女の叫びは、直に聞いたわけではないのに、胸にものすごい衝撃をうけた。そんなの、姫さまが悪いんじゃない。言いがかりにも感じる呪いだった。

 姫の身を守って傷ついた王子。

 姫から伝わる、王子の服を濡らした鮮やかすぎる血の色。それは、王子の命の色。

 瀕死の王子への、姫のごちゃごちゃになった感情。

 …大丈夫。王子なら絶対大丈夫だから。

 伝わるかどうかわからない。大丈夫の根拠もないけど。

 それでも、ここまで張り詰めた姫の心の慰めに、励ましになるならと、私の声を伝えたくて、彼女をギュッと抱きしめる。

 …………えっ!?

 一瞬、姫の心に写った、王子の眼差し、言葉。それらが、彼女の全身から私に伝わる。

 その記憶に、私は動くことができなくなった。

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