他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【55】
襲われた場所が、療養施設の前だったのが幸いした。
多くの医師、薬、それらが殿下の一命をとりとめてくれた。
相手が老女で、力が弱かったことも良かったのかもしれない。
けれど、かなりの体力を消耗したのだろう。殿下の意識はなく、浅い息の下、苦しげに横たわっていらっしゃる。
…私の、せいだわ。
あの老女をはじめとした連中は、私を見て叫んでいた。
「ルティアナの女」
「国を滅ぼす魔女」
あのような殺意と憎悪を正面から向けられたのは、初めてだった。
ローレンシアとルティアナ。両国の平和の礎として嫁いできた。将来は、この国の良き母となる。先ほど慰問中に誓った心が砕けそうになる。
「妃殿下…」
ランプの明かりだけになった部屋に、滑りこむようにシルヴァンが入ってきた。
「先ほどの者たちを、全て留置所に収監いたしました」
「そう…」
「国王陛下が処遇を決められるかと思いますが、おそらく厳罰がくだされるかと」
「…………。陛下に、情けある裁きをお願いしてくれないかしら」
殿下がこのような目に遭っているにも関わらず、私は、厳しい裁きを求める気はなかった。
「…承知しました」
シルヴァンがどう思ったのかはわからない。けれど、彼は私に反対することはなかった。
「うっ…!!」
「殿下っ!?」
苦しげに、殿下が声を上げられた。
…気がつかれたのかしら!?
あわてたように、シルヴァンも近づいて殿下の容態をうかがう。
「ここは…!?」
かすかに緑の瞳を見せた殿下が問うた。
「療養施設のなかです。安全なところにおります。ご安心ください」
必死に伝えようと身を乗り出す。
「そうか…」
安心されたのか、深く息を吐き出し、その手をこちらに伸ばされた。熱を持った手が、私の頬に触れる。
「お前が、無事でよかった…」
…お前!?
「…リナ……」
…えっ!?
問い直すヒマもなく、殿下はまたその瞳を閉ざされ、意識を手放された。頬に触れた手からも力が抜け、寝台の上にこぼれた。
意識が混濁されているのかしら。
仮にそうだとしても、今のは…。
殿下の額の汗を拭う。水に濡らした布は冷たく、触れた殿下の肌は熱い。
シルヴァンは、来たときと同じように、何も言わず、音もなく部屋から出ていった。
「…殿下」
こういう時、どうしたらいいのでしょう。
嘆く!? 悲しむ!? それとも怒る!? 恐れる!?
わからない。
今、どのような感情が正しいのかわからない。
あらゆる感情がないまぜになって、絡まっているような。その絡まった感情をどう吐き出せばいいのか。
わからない。
今できることは、ただ一つ。
殿下の汗を拭って差し上げ、その回復を祈ること。
「殿下…」
ランプの明かりの下、殿下のお顔をじっと見つめる。
私のことを「リナ」と呼んだ時の殿下の、優しげなお顔が頭から離れない。
⇔ ⇔ ⇔ ⇔
夢を見た。
あの世界の夢。
私は空気のように、幽霊のような霞んだ存在になって、フワフワ浮いていた。
…あ、セフィア姫だ。
フワフワの先にいたのは、あの超美人のセフィア姫だった。
中身が本人だと、やっぱ違うのかな。
私が入っているときよりも、その後ろ姿は数十倍美人に見えた。
…おーい、おーい。
…セフィア姫、聞こえてるーっ!?
背後からクロール!?で近づいた私は、声を上げて彼女を呼んだ。
久しぶりに会った中学の同級生にでも声かけるカンジで。懐かしい人に会ったふうに。
…こんな幽霊みたいになった私の声、聞こえるのかな!?
そう思ってたら、姫が少しだけこちらを振り向いてくれた。
…おっ、聞こえてる。おーいっ!!
うれしくて、急いで近づく。…そして。
………………えっ!?
セフィア姫の身体の先、ベッドに横たわっていたのは…。
…王子っ!!
王宮のとは違う。少し簡素なベッドの上で、浅い呼吸をくり返している王子。額に浮かぶ汗。顔色も、あまりよくない。
…ねえ、これどうなってるのっ!?
姫を問いただそうとして、彼女の肩に触れる。
…えっ!?
彼女から、あふれるように情報が私に流れ込む。
私と別れてからの王子と姫。仲よさげではあるけど、それ以上じゃない。
王太子妃としての日々。
療養施設の視察。王太子妃としての責務を自覚する姫。
そして。
二人を襲った人たち。
呪うような、老女の叫びは、直に聞いたわけではないのに、胸にものすごい衝撃をうけた。そんなの、姫さまが悪いんじゃない。言いがかりにも感じる呪いだった。
姫の身を守って傷ついた王子。
姫から伝わる、王子の服を濡らした鮮やかすぎる血の色。それは、王子の命の色。
瀕死の王子への、姫のごちゃごちゃになった感情。
…大丈夫。王子なら絶対大丈夫だから。
伝わるかどうかわからない。大丈夫の根拠もないけど。
それでも、ここまで張り詰めた姫の心の慰めに、励ましになるならと、私の声を伝えたくて、彼女をギュッと抱きしめる。
…………えっ!?
一瞬、姫の心に写った、王子の眼差し、言葉。それらが、彼女の全身から私に伝わる。
その記憶に、私は動くことができなくなった。




