他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【52】
いつもの日常は、平凡なまま身の上を過ぎていく。
英語の授業で当てられて、答えに困ったり、お昼のパン販売で、コロッケパンを買えたと思ったら、そのあと床に落として、販売に群がる生徒に踏まれたりとか(泣) 小さな事件を起こしながらも、時間が過ぎていく。
無理やり結婚させられたり、初夜を迫られたり、愛妾を目指す女子に出会ったり、拉致られたり。そんな事件は起こらない。
普通の女子高生の、他愛のない日常。
そのなかに溶け込みながら、私はなんでもないようなことに笑う。
これでいいんだ。これが当たり前なんだ。
そう思って、友だちとバカな話をする。
あの世界のことは終わったことなんだ。ただのロングランすぎる夢だったんだ。
そう思って、コンビニで新商品スイーツを買い漁る。
いつの間にか季節は半袖を許さない、それどころか、コートを手放せないような冷たい風が吹くようになっていた。
学校のイチョウも金色に染まってる。コンビニに立ち寄った時、ホアッと漂うおでんのダシの匂いとその暖かさ。家に帰った時、夕飯がシチューだとメッチャうれしい。TVでは、木枯らし一番がどうのって話してる。そういう季節。
これでいいんだ。これで当たり前なんだ。
あの世界のことは終わったことなんだ。ただのロングランすぎる夢だったんだ。
なのに。
私は、自分に絵を描く才能がないことを悲しく思っている。
映画の、瀧くんのように絵を描くことが出来たなら。
欠けてゆく月と一緒に、だんだんとこぼれ落ちていく記憶を、この手のなかに留めておくことが出来るのに。
何も残らない手のひらを、ギュッと握りしめる。
「元気ないな」
いつもの帰り道、暁斗からそう言われた。
気にしてくれているんだろうか。
「大丈夫だよ、ヘーキ、ヘーキィ」
何事もなかったかのように、両腕でガッツポーズをとってみせる。
気にしてくれるのはうれしい。けれど、気にされ続けるのはツラい。
「それよりさ、暁斗、勉強教えてくんない!?」
「勉強!?」
「だって、私、ロクに勉強してないし!? このままだと追試。かなりヤバイよ」
9月からずっと、ほとんどの時間を向こうで過ごしていたから。今、学校で習ってることもチンプンカンプンなんだよね。
「今から勉強して、間に合うのか!?」
うっ…。鋭いことを。
「そりゃあ、まあ、なんとかするっきゃないでしょ」
もう、入れ替わりはないんだから。セフィア姫が助けてくれるなんて都合のいいこと、起きないんだから。
「だから、お願いっ!!」
パンッと手を合わせて暁斗を拝む。
「…わかった」
「ありがとっ、暁斗っ!!」
今は、なんでも良かった。別のことに意識がむけられたのならば。
何もかも忘れて、没頭出来ることがあれば。
でないと。
私は何度も、あのメッセージを思い出してしまう。
それは、セフィア姫の残していったノートの巻末に記されていたもの。
手慣れていない文字。でも、一生懸命なにかを伝えようとしている文章。
一度も会ったことのないセフィア姫から私への、大事なメッセージだった。
―――リナへ。
リナ。 私ね、アナタにとても感謝してるのよ。
私、アナタと入れ替わったおかげで、たくさんのことを知ったわ。
王女という立場から離れて、初めて自由を味わったわ。姫でない私、他の女の子と同じ私。勉強して、笑って、驚いて。楽しかった。
「ガッコウ」も「スイゾクカン」も「ブンカサイ」も、とても刺激的で、印象深かった。
一生、忘れられない、大事な思い出になったわ。
とつぜんの入れ替わりで、私になってしまったアナタは大変だったてしょうけど。
ねえ、リナ。
感謝してもしたりないぐらいのアナタへ、これから 私ができることはただ一つ。
二度と、入れ替わりをおこさないこと。
アナタに迷惑をかけないこと。
これ以上、勝手にアナタの身体をお借りするわけにはいかないわ。
アキトから聞きました。
私たちが新月、満月のときに入れ替わっているということを。
月が満ちたとき、欠けたとき。
その二つの時に眠ると入れ替わるのならば、この先、私はその二つの時間に眠るのを止めます。
そうすれば、もうこんな入れ替わりは起きないわ。
だから。
だから、安心して、これからは暮らしてください。
リナ。
短い間だったけれど、本当に楽しかった。幸せでした。
言いつくせないほどの感謝をこめて。
アナタとアキトの人生が、幸多きものであることを祈っています。
セフィア・ブランシュ・ルティナリア
追伸 アキトに借りたままになっている本があります。申し訳ありませんが、彼に返しておいていただけないでしょうか。




