他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【48】
「マリー=アントワネットとは、どのような方だったのでしょうか」
私は、以前から気になっていたことを、アキトに訊ねた。
「チュウカンテスト」の勉強中、アキトが私の境遇にそっくりだと言った女性。
「こちらの世界でも、いがみ合っていた国同士が新たな共通の敵に立ち向かうために、政略結婚した、という事例があるんです」
彼はそう説明してくれた。
どのような女性だったのかしら。私に似ているところがあるのかしら。
似ているのであれば、これから私にどのような運命が訪れるのか知りたい。まったく同じ運命にあるとは思わないけれど、それでも、未来を占うような気持ちで、知りたいと望んでいた。
「すみません。あの時は、つい口にしてしまったけれど…。忘れてください」
アキトの返事は、色よいものではなかった。
私の問いかけに、「しまった」という顔をしている。
「なぜ!?」
「彼女の運命は、あまり良いものではないからです」
アキトが、重い表情をした。
「共通の敵と戦うために、政略結婚をした。その境遇以外、セフィアさんに似ていませんよ。マリー=アントワネットは」
…そうなの!?
「それでも、ごめんなさい。教えていただけませんか!?」
彼女が不運に見舞われたのなら。その前例を私が倣わないとも限らないから。未来の悲しみを回避するためにも、私は、彼女の運命が知りたかった。
「…わかりました」
私の懇願をアキトは聞き入れてくれた。
「僕は、里奈と違ってあんまりマンガを持ってないから…」
そう言って差し出してくれたのは、小さな2冊の本。
遠藤周作 『王妃 マリー・アントワネット』
「いいですか!? ここに書いてあることは、マリー=アントワネットの人生であって、セフィアさんの未来ではないですよ」
調べたかった理由を気づかれていることに、ドキンと胸が跳ねた。
「セフィアさんの嫁いだローレンシア王国の情勢や、ヴィルフリート王子の性格、人柄も、このなかに書かれている国や、人物とは違う。だから…」
手渡す時、アキトがいつになく真剣な声で言った。
「どうしても辛くなったら、読むのをやめて。そして、僕か…、夏樹でもいいので呼んでください」
「わかったわ。ありがとう、アキト」
気づかってくれるアキトの心を軽くしようと、少し微笑む。
両手のなかにおさまった小さな本。
けれどそれは、まるで己の未来を書き記した運命の書のように、ズシリと重かった。
マリー=アントワネット。
政略結婚で、故国オーストリアから、敵国であったフランスに嫁いだ女性。
わずか14で嫁いだ彼女は、善良で人の良い王太子ルイと結婚するものの、その容姿、ともすれば愚鈍にもみえる夫に愛情を抱けず、享楽的な生活を送る。
やがて、先王が亡くなり、国王として即位する夫、ルイ16世。しかし、重なる戦争による増税で貧困に喘いでいた国民は、革命を求め、王室を糾弾する。
囚われ、逃げることも叶わず、死が訪れようとするなか、彼女は初めて夫に愛情を抱く。
そして、夫ルイ16世の処刑。続く、マリー=アントワネット自身の処刑。
最期まで、王妃であった時の気品を忘れず、死にむかった女性。
先に処刑された夫を妻として愛し、残される子どもを母として愛し、そして、自分のために尽力してくれたフェルセン伯爵を女として愛した女性。
…これが、マリー=アントワネット…。
私は、読み終えたあと、自分が涙していることに気づかないぐらい、大きく心を揺さぶられていた。
アキトの言う通り、ローレンシア王国の情勢はフランスとは同じではないし、殿下もルイ16世とは大きくかけ離れている。
けれど。
似ている、とも思った。
夫となった男性を愛せない自分。
夫ではない存在に心ときめかせてしまう自分。
そう。
私は、アキトに心を寄せていた。
本を読みながら、いけないとは思いながらも、マリー=アントワネットに自分を、フェルセン伯爵にアキトを重ねていた。
初めはただのお友だち。私にとっては異邦であるこの地で助けてくれる、頼もしい相手。
それが、いつの間にか、私のなかで、ドンドン大きな存在になってしまっていた。
アキトといると楽しい。アキトが笑うと、私もうれしい。
ここでなら、アキトの前でなら、私はただのセフィアになることができた。王女というしがらみを抜け、一人の女性としての自由を謳歌できた。
それが、こんなにもうれしく、苦しいものになるなんて。
政略結婚とはいえ、夫となった男性を愛さなければいけない自分。愛されるように務めなくてはいけない自分。私が心を捧げねばならないのは、夫であるヴィルフリート殿下であること。殿下の非の打ち所はなく、夫として尊敬に値する存在であること。
わかっている。わかっていはいるの。許されないのはわかっている。
けれど、心は止められない。
…アキトが、私の婚約者であったらいいのに。
そんな考えても仕方ないことを思ったりした。
そして。
…殿下に非があるわけではないのに。
激しく後悔の念に襲われる。悪いのは殿下でも運命でもなく、心弱い私なのに。
マリー=アントワネットがベルサイユではなく、トリアノンを懐かしんでいたように、私もこの世界に心を囚われている。
…ねえ、マリー=アントワネット。
心のなかで彼女にそっと呼びかける。
大きな宮殿で一人寂しかった少女は、最期に夫婦として、母として、恋人として、それぞれの愛を抱きながら亡くなった。王妃という最後の尊厳だけを抱き、その首を凶刃のもとに晒した。
…あなたは、幸せだったのでしょうか。
…あなたが、最期に心に想った人は誰!?
本のなかの、遠い昔、この世界に存在した王妃は何も答えない。




