他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【44】
セフィア姫が行方不明。
その報は、夕刻になってヴィルフリートのもとへともたらされた。
彼女は、クラインハルト嬢とともに、馬車で自分の元へと出かけたのだと聞かされた。
しかし、彼女たちがこちらに訪れた形跡はない。王宮を出て、しばらくして行方不明になったのか。
護衛もついていたのに!?
嫌な予感がする。
今にも騒ぎ出しそうな、彼女の乳母をなだめて、口止めを言い渡す。
騒ぎにしてしまえば、逆に姫の身があぶない。そう言い聞かせた。
「シルヴァン、行くぞ」
短く告げると、ともに馬にまたがる。
どこを捜す!?
城を出たのは、昼前だと聞いた。今はもう日付をまたぐ直前だ。半日も過ぎている。
もしかしたら、もう城下にはいないかもしれない。
もしかしたら、もう手遅れかもしれない。
もしかしたら、もう…。
最悪の予想をしてしまい、大きく首を振った。
ダメだ。そんな想像をしているヒマはない。
使えるだけの部下を動員し、城下を調べる。
些細なことでも、変化を見つけ出す。
ヴィルフリートたちが発見したのは、護衛の者たちの無残な姿。血しぶきの飛んだ馬車には、誰も残っていない。
…連れ攫われたのか。
刺客ならば、ここにセフィアの死体も転がっているはずだ。わざわざ連れ出してから殺す理由がない。
死体が存在しないということは、敵は彼女を生かし、利用する気なのだろう。
どう利用するつもりなのかはわからない。だが、今すぐ生命をどうこうされることはない。
そのことに、少しだけ安心して、心を引き締める。
見つけ出せば。
セフィアは、いや、リナは必ず生きている。
「城門の警備兵に、夜が明けても門を開けるなと伝えよ」
近くにいた部下に命じる。誰も、城下から抜け出せなくしてやる。
この城下の中でなら、必ず見つけ出せる。
…リナ。
焦る心を抑えようと、空を見上げる。
真っ暗な月明り一つない空には、星が数え切れないほど瞬いていた。
* * * *
「まったく、手間かけさせるんじゃねーよ」
下卑た笑いに、怒りを混ぜて男が顔をよせた。
息がとてつもなくクサイ。
けど、顔をそむけることすらできない。
後ろから、別の男に吊るし上げられるように、腕を持ち上げられてるから。
手首をねじ切られるかと思うほど、力いっぱい握られた。
「……っ!!」
足が地面ではなく、宙を掻く。
「なあ、これが、本当に例の姫さんなのかよ」
男が、別の仲間に問いただした。その仲間が無言のまま頷く。
ああ、アイツがセフィア姫だって知ってるんだ。
あのタイミングでアデラを逃せたのは成功だったと思う。
私の顔を知る仲間がいるんだもん。下手すりゃアデラは必要ないからと殺されていたかもしれない。
それだけは、それだけでも成功してよかった。
「こんな暴れ馬みたいなのが、姫さん…ねえ」
男がグイッと私の顎を持ち上げた。男の顔は赤く腫れてる。私が殴った証拠だ。
「顔だけはべっぴんさんだけどな」
違いねえと、周囲からもスケベくさい笑いが起きる。
「見ろよ、顔だけじゃねえぞ、肌だって、すべすべだ」
「身体もいけてるんじゃねーかぁ!?」
男たちが近づいてくる。私に引っかかれたり蹴られた連中もいる。
「やっ!!」
必死にもがくけど、腕は解けない。
「どれどれ、姫さまってのは、どんなお身体をしてるんだろうなっ」
ピッと軽く布が切り裂かれる。みぞおちから胸元まで一直線に短刀が服を裂き、誰にも見せたことのなかったセフィア姫の肌が露わになる。
「やっ、やめっ、いやっ!!」
どれだけ叫ぼうと、男たちは聞く耳を持たない。
裂け目を広げ、胸を鷲掴みにした。
「…………っ!!」
背筋を悪寒が走る。王子に触れられたときとは全然違う。ただただ吐き気を催しそうな手の感触。
「おい、あまり手荒なことをするな」
先ほどの、私の顔を知っている男が制止した。
「いいじゃねえかよ。ちょっとぐらい楽しませろよ。こんな上玉なんだからよ」
男たちが、私を地面に抑え込んだ。仲間の言うことを聞く気はないらしい。
「どうせ処女じゃねえんだ。だれが楽しんだってかまわないだろ!?」
「生きてさえいればいいんだろ!?」
そうそうと、周囲の男たちも同意した。
「朝まで、街を出ることもできねえんだ。少しは楽しませろよ」
その身勝手な言い分に、先ほどの仲間もそれ以上の制止をやめた。
「生きてさえいればいい」
そう思っているのだろう。
「いやっ、離してっ!! いやああああっ!!」
「うるせえっ!!」
罵声と同時に、激しい痛みと衝撃を左頬に感じた。
殴られたと気づいたのは、しばらくしてからだった。
「おとなしくしてろよっ!!」
グッと口のなかに何かをねじこまれた。口のなかに広がる鉄気くさい味と、布の感触。
言葉はくぐもって、ウーウーとしか言えなくなってしまう。
…やだ。こんなの、絶対やだ。
生きていたって、生命があったって、こんなの我慢できない。
…やだ、助けて。助けて、誰かっ!!
…王子っ!!
「ぐああっ!!」
突然、自分にのしかかっていた男が、絶叫した。
グラリと、その身体が揺れ、のしかかるように倒れてくる。
「なんだっ!?」
残りの男たちに動揺が走る。腕を、足を押さえつけていた力がなくなり、急に身体が軽くなる。
覆いかぶさっていた重すぎる男の身体をずらして、その下から自分の身体を引きずり出す。口に詰め込まれた布も吐き出して、大きく息をふき返す。
…何!?
倒れかかってきた男の背には、深々と短剣が刺さっている。背中から心臓部分を貫き、男は絶命していた。
…誰!? 誰が助けてくれたの!?
身体を起こして、闇に目をこらす。
そこにいたのは…。
銀の髪をふりみだし、剣を振るうシルヴァンさんの姿と。
「王子…」
剣を構えた王子の姿。
男たちは、彼らの剣に、バッタバッタと切り倒されていく。
シルヴァンさんは一撃必殺。王子は二、三回斬りあってからバッサリ。
その光景は、時代劇とかよりも生々しいのに、どこか遠い世界の現実を見せられているような錯覚におちいった。感覚がマヒしているのかもしれない。
「リナッ!! 無事かっ!!」
男たちを倒した王子が叫んだ。
あのリーダー格っぽい男は、いつの間にか姿を消していた。
…助かった。
安心した途端、身体から一気に力が抜ける。
「リナッ!!」
慌てた王子に身体を抱きとめられた。
あの男たちと違って。
素肌に触れる王子の手を、嫌だとは思わなかった。




