他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【41】
「殿下のもとへ参りませんこと!?」
アデライードさんが提案してきたのは、一緒に出かけないか、ということだった。
今日、王子は郊外にある軍の施設に赴いている。
そこへ二人で出かけていって、王子を驚かそうという。
…そんなの、一人で行ってきてよ。
そう思うのだけど、それはセフィア姫の立場的には、マズいとも思い直す。
だってそんなの、王子の二股を助長するだけじゃん。
セフィア姫がもとに戻れるまで、あとわずか。新月は、おそらく明日。今日の夜眠れば、明日はホンモノのセフィア姫が戻ってくる。
それまでは私が、代わりに見張っていないと。
たとえ私が部外者で、関係ないと言われても、それだけは、そこだけは守らなきゃいけないと思う。
このモヤモヤした気分も、今日で終わる。
だから。
せめて今日だけ。今日だけ我慢して。
私は、アデライードさんの提案にのることにした。
王子のもとに向かうのに、今回は馬車をチョイスした。
アデライードさんが、乗馬服でないからというのが最大の理由。この世界じゃ、女性が足をむき出しにして馬に乗るなんてことは、ノーパンでミニスカ履くぐらいの非常識なんだって、最近知った。
馬車は、郊外にむけて石畳の道を乾いた音を立てて進んでいく。
道の両サイドには、活気に溢れた店が立ち並び、行き交う人も多い。客を呼び込む声、値引き交渉の声。うわさ話を交わす声。
たくさんの声で、あたりはとっても騒がしい。
普段なら、いつもの私なら、それを楽しく眺めるんだろうけど、今日は、そういう気分になれなかった。
大人しく、背もたれに身体を預ける。
「姫さま、おかげんでも悪いのですか!?」
向き合うように座ったアデライードさんに声をかけられた。
「え!?」
「なにか、ふさぎこんでいらっしゃるような…」
そう見える!?
「私でよろしければ、なんでもお話くださいね」
「ありがとう…」
一応、笑ってみせる。
今、誰にも心配なんてされたくなかった。心配される、そのこと自体が煩わしかった。
もう、何がどうなってもいいや。
そんなふうに投げやりに思えればラクなのに。
別に私自身に関わることじゃないんだし。
そんな無責任になれれば、気にならないのに。
そうはならなかった。
あの夜以来、王子とは顔を合わせるものの、会話は特になかった。
王子より先に寝て、王子よりもあとで起きることで、同じベッドで寝ていても、話しをしなくてもいいようにしていた。
それに対して王子も何も言わない。それまで毎朝尋ねてきていた、「今日はどっちだ!?」なんて質問すらしてこない。
お互いに背をむけたまま眠り、起きるだけ。
遅れてやってきた王子の存在に気づきながら、目覚めてベッドを離れる気配に気づきながら、私はずっと眠っているフリをし続けていた。
話すことなんて何もない。何を話せばいいのかわからない。
会えば、心がグチャグチャになるし、話せば、気持ちがさらに落ち込む。
だから、本当は、こうして会いに行くなんて絶対したくなかったんだけど。
馬車がドンドン、王子のいる場所へ近づいていく。
そのことに、私の心もふさいでいく。
私と会ったところで、王子は喜ばない。
王子の会いたいのは、セフィア姫だろうし、アデライードさんだろうし。
部外者の私に、王子は喜びも驚きもしないだろう。
「ねえ…」
私、やっぱ行くのやめるわ。
そう言おうとした途端、馬車が止まった。
気がつけば街の喧騒も聞こえない。
…目的の場所に着いたのかな。
一瞬、そう思った。
けれど、すぐにそれは違うことを実感する。
馬の甲高いいななき。御者の低く短いうめき声。
護衛に着いてきていた騎士たちの騒ぐ声。金属どうしのぶつかる音。叫び声。
そして、荒々しく乱暴に開かれた、馬車の扉。
開いたのは、騎士ではない。
彼らの血をしたたらせた抜き身の剣を持つ、髭面の男。
「出ろ」
短く、低く、ドスのきいた声。
…何が、どうなっているの!?
否応なしに馬車から引きずり出され、同じような男たちに取り囲まれた。
気がつけば、周囲は城下の喧騒など一つもない。寂れた雰囲気の場所。ツンとしたくっさい空気だけが溜まった場所。
濁った色の石畳の上に、私たちの護衛を務めてくれていたはずの騎士たちが、血にまみれて転がっていた。
…殺されたの!?
「ひっ…」
私に続いて馬車から降りたアデライードさんが、その光景に短く息を飲んだ。
こんなところで助けを呼ぼうとしても、誰も聞いてくれないだろう。
誰かいるのならば、ここまで人が殺されるまでに、顔を出してもいいはず。もっと騒ぎになっていてもいいはず。
それがないということは…。
こんな場所、助けもないのだから逃げることも難しい。土地勘もない。
それに、人を斬ることをためらいもしない男たちだ。
逃げれば、容赦なく斬りかかってくるかもしれない。
今、馬車を降りた瞬間に殺されなかっただけでも、奇跡なのかもしれない。
それとも、コイツらに、何か思惑があるのかもしれない。
今は、そういう状況。
意外と冷静に状況を判断している自分に、少しだけ驚いていた。
アデライードさんのように、震え、怯えてもいいはずなのに。
私の頭は冷たく、そしてフル回転を始めていた。興奮しているはずなのに、頭の芯は冷え切っている。そんなカンジ。
…この状況、どう切り抜ける!?




