他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【4】
「王子に男色の気があるとか、女を愛さないとか」
その噂の出どころって、きっとあのオオカミ剣士(勝手に命名)がそばにいるからじゃない!?
あんなイケメンがそばにいれば、そりゃ誰だってBL扱いしたくなるよ。
私だって、そういう目で見てしまうもん。
あとで侍女に訊ねてみたら、案の定、王子はいつもあの剣士をそばに置いてるんだって。
王子に絶対の忠誠を誓ってて、かなりの信頼を王子から得てるんだとか。
お側去らずのオオカミ剣士。
そりゃ噂にもなるよね。
イケナイ空気が漂ってきそうだもん。
だけどさ。
女を愛さないってのは、ないんじゃないかな。
でなきゃ、あんな、私を見て笑ってなんてくれないと思うの。
そうよ。
いつもの私なら、違った意味で笑われそうだけど、今はこの容姿だもん。
私がときめいたように、王子さまだって胸踊らせてくれたはず。
だから、自信を持って。
何度もくり返し、鏡に映った私に暗示をかける。
そう。
今の私は、スッゴい美人のお姫さま。
髪にさっき王子さまがくれたバラを飾って、薄い水色のドレスを着て。金の絹糸のようにキレイな髪は結い上げてお上品に。
望んだ通りの胸とくびれを持った身体。姫さまってこういうもんよっていうお手本みたいな顔。声だって、地声より心地良い。
だから、安心して。
堂々と、王子さまと対面して。
今夜は、何か知らないけど、舞踏会。王子が戻ってきたからとかなんとか。
重厚な扉の向こうにむかって滑るように歩き出す。ドレスの裾を踏まないように注意して。開いた扉の先では、ドレスをまとった女性と、それをエスコートする貴族っぽい男性たち。
なるべく優雅に。
お姫さまって、どういうのだっけと、何度も思い描きながら足を進める。赤い絨毯の先にいるのは、あの王子さま。
この舞踏会という場にふさわしいような豪華な衣装をまとって凛として立っている。口元には、僅かな笑み。
うわー、うわー。
マジで王子さまだよ、ファンタジーだよ。
お願い。
夢なら、このまま覚めないで。
⇔ ⇔ ⇔ ⇔
夢かと思った。目覚めてもなお続く、不思議な夢。
目を開けた先に見えたのは、低い天井。
見回せば、雑然とした狭い部屋。
これが寝室!?
驚きながら身を起こす。
身体の横に手をついたはずなのに…。
「きゃっ…!!」
手は、宙をとらえ、私はそのままバランスを崩して寝台から転がり落ちた。
かなり痛い。
ドシンという音とともに、痛みが右半身を襲う。
…なんて狭い寝台だったのだろう。手をつくだけの空間も残されていないとは。
腰のあたりをさすりながら、寝台を見上げる。
見知らぬ寝台。記憶にない部屋。
そして。
見たことない服。
絹じゃない。なにかしら。肌触りが悪いわけではないけれど。
服に触ろうとして、ふと気づく。
…胸、へこんだ!?
そんなはずはない。でも、さっきの衝撃でへこんだのだとしたら、一大事だわ。
叩いたら、揉んだらもとに戻るかしら。
モミモミ。ユサユサ。
どれだけ動かしても胸はそのまま。
どういうことかしら!?
「なあ、姉ちゃん、朝っぱらからうるさいよ」
合図もなしに軽そうな扉が開かれた。
服の上から胸を揉む姿を、知らない少年にしっかりと見られてしまう。
「…映画のマネ!?」
少年が顔をしかめた。
「エイガ」!? なんのこと!?
「お母さ-ん、姉ちゃんがバカになったー!!」
少年が、誰かに言いつけるように叫びながら出ていった。ドタドタと豪快に歩く音が遠ざかっていく。
「ま、待って…!!」
何がどうなっているのかわからない私は、彼を追いかけた。
部屋の外は、部屋と同じくらい、とても狭い。
そして。
ズダダダダダンッ!!
私は、階段から転げ落ちた。
「姉ちゃん、大丈夫か!?」
無様に転がる私を少年が不安そうにのぞきこんだ。
…なんて狭い階段なの。足、置きづらいじゃない。
「だい、じょうぶ、…です」
本当は大丈夫じゃない。全身が痛い。
起き上がろうにも、足が痛すぎて立つことも難しい。
あらあらと、困ったように優しそうな声をかけてながら近づいてくる女性。
…誰かしら!?
私よりも年配。目元が先ほどの少年によく似ている。近くに来ると、ふんわりいい香りがした。
女性が、痛む足に何やら白い布みたいなものを貼ってくれた。布が貼りついた途端、ひんやりして、痛みが和らぐ。
「ありがとう…ございます」
礼を述べると、女性とさきほどの少年が首をかしげた。
「…姉ちゃん、変なもん食った!?」
少年が眉を寄せた。私、何かおかしなこと言ったかしら。
足を動かしてみても、貼りついた布ははがれない。不思議な布だわと思いつつ、ゆっくりと身体を起こす。布のおかげか、痛みはさほど感じられなかった。
「とりあえず、ゴハンにしましょうか」
先ほどの女性が、ほがらかに言った。
途端に空腹が意識される。
…私ったら、こんなよく理解できない状況なのに。いつの間にこんなに図太い神経になったのかしら。
食事よりも何よりも大事なことがあるような気がしたけれど、一度気づいてしまった空腹をそのままにしてはおけなかった。
小さな卓に設けられた席に着く。目の前には王宮の食事よりは品数が少ないものの、美味しそうなパンとサラダ。
…これ、もしかして庶民の食事なのかしら。
私、もしかして城下の民家へ紛れ込んでいるのかもしれないわ。
…でも、仮にそうだとして、どうして誰も、何も言わないのかしら。
パンを小さくちぎりながら口に運び、考えを重ねる。
…この子、おかしなことを言ってたわ。私を見て姉ちゃんとか、なんとか。
向かいの席に着く少年を見る。少年は、パンを手にしたまま、ポカンと口を開けていた。
…私、もしかして、この家のお姉さん、女の子に似てるのかしら。それで、間違われてここにいるのかしら。
もし、そうだとしたらいろいろ大変だわ。間違いをただして、そのお姉さんを探さなきゃいけない。どうして私がここにいるのか、わからない部分も多いけれど、これ以上の迷惑をかけていいものでもないわ。
私の上で止まったままの少年の視線に気づき、食べるのをやめる。
「どうかしましたか!?」
少し困って笑顔を作る。
すると、少年が、最上級の泣きそうな顔をした。
「お母さ-ん、姉ちゃんが壊れたー!!」
…失礼ね。私のどこが壊れていると言うのかしら。