表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/72

他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【39】

 その燃え盛る炎は、仄暗い藍色に支配されかけた世界を、明るく照らし出していた。

 西の山の端に残る、最後の残照を助けようと、宵闇に世界を溶け込ませることを拒否するかのように、赤く燃え上がっている。

 「キャンプファイヤー」。

 「ブンカサイ」の最後は、この炎の周りに人が集まって楽しく過ごすのだという。

 (わたくし)もアキトに連れてこられて、こうして、炎に身体を照らし出されている。

 炎にむけた顔は熱いのに、背中には、秋の夕暮れの涼やかな風も感じる。

 日中の、にぎやかな雰囲気とはまた別の空気がここには漂っていた。

 騒がしいのは変わらない。けれど、その騒がしさの裏に、別の空気が混じっている。そんな気がした。

 「疲れましたか!?」

 隣で、同じように炎に顔を照らし出されたアキトが問うた。

 「ええ。でも楽しかったから、これぐらい平気です」

 初めてのお店。初めての給仕。初めての衣装。初めてのお祭り。初めての食べ物。初めての体験。

 たくさんの初めてに、心も身体も疲れている。でも、全然嫌な感じはしなかった。

 むしろ、心地よい。

 「とても楽しかったです。とても…」

 「セフィアさん…」

 炎をじっと見つめたまま言った。

 この入れ替わりは、明日には元に戻る。明日は新月。夜の闇のなかに、月が姿を現すことはない。

 (わたくし)たちの入れ替わりは、前日に眠ることもとに戻り、新月と満月の日を経て再び起こる。お互いに、元の世界にいられるのは、新月と満月の日だけ。そうアキトから聞いている。

 よくはわからないけれど、月の満ち欠けがおおいに影響しているのだと、彼は説明した。

 ならば。今夜眠った私が、次に目覚めるのは元の世界。カミシロリナとしてではなく、セフィア・ブランシュ・ルティナリアとして生きる世界。

 (わたくし)が、(わたくし)でいなくてはいけない世界。

 (わたくし)が、こちらの世界で過ごすのは、今日が最後かもしれない。

 いえ。これで終わりにしなくては。

 入れ替わりを終わらせる方法が見つからないのであれば、代わりに、入れ替わりを起こさせないようにするしかない。これからの満月と新月の日に、(わたくし)が眠らなければ、入れ替わりは起きないかもしれない。

 いつまでもこの世界に、リナのなかに、逃げていてはいけないの。

 自分が存在するべき現実に、きちんと向き合わなくては。

 知らないうちに結婚していたとはいえ、殿下は、噂と違い結婚を真面目に考えてくれている方だった。殿下をお慕いする…という気持ちはまだ感じていないけれど、それでも、妃として殿下と接していけば、互いを尊重しあい、穏やかな感情を抱きながら暮らしていけるのではないかと思える。恋人同士のような情熱的な愛情ではないけれど、家族のような温かな愛情を育むことは出来るはず。

 この世界で出会った、さまざまな出来事。たくさんの思い出。

 他の子たちのように、板切れのなかにでも記憶として残しておきたかった。残して、(わたくし)の世界に持ち帰りたいと思った。

 けれど、今になって思う。

 持ち帰れなくてよかった、と。

 この思い出を、それにともなう感情を持ち帰ってしまったら。ふり返ってしまったら。(わたくし)は、いつまでたっても自分の世界を受け入れられなくなってしまう。いつまでも、この世界にすがりついてしまう。

 (わたくし)が、この世界に来るのは、今日が最後。

 次の入れ替わりは起こさせない。

 リナを、アキトたちの元へ返す。彼女をありのままの世界に戻してあげる。

 アキトたちには、まだこの決意を話せていない。

 話すこともないと思い、口にしていない。

 ここで生まれた感情は、心の奥深くに封印する。閉じ込めてしまえば、忘れることは出来なくても、いつか薄らいで色あせたものになるでしょうから。穏やかな気持で思い出す、遠い過去の記録になるでしょうから。

 「アキト、今日は本当にありがとうございました」

 出来る限りの笑顔で、彼にそう伝える。

 本当に、アキトには感謝しているわ。言葉で言い表せないぐらい。

 この世界に戸惑う私を、やさしく支えてくれていたアキト。

 勝手に、リナと入れ替わってしまっていた私を、嫌な顔ひとつせずに、受け入れてくれていた、アキト。

 (わたくし)の気がつかないところで、彼にたくさんの迷惑をかけていたに違いないのに。それでも彼はやさしく接してくれていた。(わたくし)を気づかってくれていた。

 そして。

 世界は、色に満ち溢れていて、輝いているのだということを教えてくれたアキト。彼といると、それだけで世界が喜んでいるような錯覚が、私のなかにあった。

 幸せな、幸せな、愛おしい、大切な時間。

 それを与えてくれた、アキト。

 でも、彼と過ごせるのは、今日で最後。

 明日から、彼の隣でこうしていられるのは、(わたくし)ではなくリナ。

 今日、こうして最後にステキな思い出を残すことが出来た。それだけで、(わたくし)には十分なの。

 「セフィアさん…!?」

 急に、アキトの手が(わたくし)の頬に触れた。

 軽く、人差し指で何かを拭われる。…涙!?

 目の端で、彼の指についたものをとらえた。

 (わたくし)、いつの間にか泣いていたみたい。

 「なんでも…ないわ。ちょっと、炎が眩しくって…」

 「セフィアさん…」

 アキトがじっとこちらを見つめる。

 ダメ。そんなに見ないで。

 でないと、(わたくし)、もっと泣いてしまう。

 とんでもないワガママを、口に出してしまいそう。

 「大丈夫です。心配しないで」

 やや乱暴に、ゴシゴシと顔をこする。

 これ以上はダメ。彼に心配をかけてはいけないわ。

 「今まで、本当にありがとうございました」

 今は無理をしてでも笑いかける。

 笑って。笑うのよ。

 笑顔なんて、いつでもやっているじゃない。

 そんな(わたくし)の笑顔を見て、アキトはそれ以上、何も言わなかった。

 (わたくし)たちを照らし出していた炎はしだいに薄れ、そして消えた。周囲では、ガヤガヤと後片付けを始める音が響く。

 「ブンカサイ」は、楽しい時間は、こうして終焉を迎える。

 (わたくし)たちは無言のまま、それを受け入れるしかなかった。


 明日には戻ってくる日常。

 永遠に戻ってこない、今日という非日常。


 けれど。

 明日は、日常は戻ってこなかった。


 翌朝、諦めとともに目を覚ました私は、忘れようと誓った世界をその眼に写す。

 …これは、いったいどういうことかしら。

 いいようのない不安が、真っ白な紙に落としたインクのように、黒くジンワリと広がっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ