他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【38】
「はー…」
その部屋を出た私は、大きく息を吸い、胸に溜まった驚きとともに空気を吐き出した。
暴れる心臓を少しでもなだめようと、胸に手を当てる。
「怖かった!?」
アキトの問いかけに、大きく首を振った。
「怖くはなかったわ」
けれど。
「驚きました。ものすごく」
「お化け屋敷」と書かれた、薄暗い「キョウシツ」。
つい先程まで、アキトとともに中を楽しんだのだけど。
「お化けとか、幽霊とか平気なの!?」
「いえ、そういうわけではないのですが…」
幽霊とかは、私の世界にも存在する。お化けは、怪物…ということでいいのかしら。どちらも、伝説、物語としてよく知っている。
我が子を産んだ日に、現れるという王妃の幽霊。出産後すぐに亡くなったから、子を抱きたいと願い現れるという伝説が我が国にはある。他にも、古の書記官が現れ、今の人たちに世界の情勢を聞きたがるとか、わずかな報酬で、家のためにコッソリ働いてくれる、手助けしてくれる妖精とか。そんな不思議なお話ならいくらでも知っているわ。
でも、さきほどの部屋で会ったのは、そういう幽霊とかの類ではなかった。
暗いなかから、驚かすように、ワッ!!っと出てくる人。この世界の人なら怯えるような衣装なのでしょうけど、私はそれを知らないから、怖いと思えない。
「急に飛び出されると、怖いといより、驚かされて。胸がドキドキします」
何度も大げさな呼吸をくり返すと、少しだけ冷静になれた。
「ここで、待ってて」
廊下の隅で私を待たせて、アキトが離れる。
まだ、胸が落ち着かない。
上を向いて息を吐き出す。
それでなくとも、この「ブンカサイ」で胸はドキドキしたままなのに、これ以上なにかしたら、心がどうにかなってしまいそう。
壁に凭れながら、目の前を行き交う人たちを眺める。
友だち同士、仲間同士。恋人同士。
みんな楽しげに笑いながら歩いている。
普段の「ガッコウ」ではあまり見かけない、みんなのにぎやかな姿。
…幸せそう。
誰かといること。誰かとともに楽しむこと。
それが、彼らを笑顔にさせている。
幸せに満ち溢れた空間。楽しい時間。
その世界を見つめながら、私は自分が、すうっと後ろに引き戻されたような感覚におちいった。
周囲は、喧騒に包まれている。
私の目は耳は肌は、それらを感じているはずなのに、実感がともなってこないような感覚。
まるで、私一人世界の傍観者になったみたい。後ろの壁に溶け込んで、誰にも気づかれない存在となって、一方的に感じさせられているような。
遠い。
遠い世界。
そもそも、私はこの世界の人ではい。この世界で、仮の身体を使っているだけの異質な存在。
私は、この世界では…。
「セフィアさん」
急に声をかけられ、音が、光が、空気が、いっきに洪水のように私のまわりに戻ってきた。世界が忘れかけていた色を取り戻す。
動けるようになった目で、声の主を探す。
「アキト…」
「はい、これ。よかったら飲んで!?」
差し出されたのは、さきほど、お店の給仕をした時に気になっていた、「メロンソーダ」。
緑の透き通った液体のなか、小さな泡がプツプツと浮かび上がってくる。
「いただきまます」
ちょうどノドが乾いていたことに、今更ながら気がついた。
――――――ッ!?
何かしら、これ。
口のなかで弾けるような、シュワッとした味わい。少しだけ、ピリッと痛いような感覚。
「もしかして、炭酸、苦手!?」
アキトの問いに首を振る。
そうではないの。お化け屋敷と同じで、驚いたけど、嫌いというわけではなかった。
むしろ、甘くて弾けるその感覚が心地いい。
この世界で生きていることを感じることができる。
「ありがとうございます。これ、初めてですけど、とてもおいしいわ」
アキトにむかって微笑んで見せる。
「そう!? ならよかった」
アキトも微笑んでくれた。
不思議だわ。
先ほどまで感じていた、遠くに一人で引っ張られていたような感覚が、いつの間にか消えている。
透明なカップに入った「メロンソーダ」。その鮮やかな緑は、まるで宝石のように透き通って美しく、そのなかから立ちのぼる泡は、キラキラしていてとてもキレイ。
ひんやりとした感覚が手から伝わり、驚きに満ち溢れた世界の一端を、私に伝えてくれている。
不思議。
アキトが、笑ってくれると、私まで微笑みたくなるの。
いつもの、姫という立場から演じていた笑顔、ではないわ。
心の底から、自然とわき起こる笑み。
笑いたいと思って笑う笑み。幸せが、笑みという形でにじみ出ているような。
彼が笑ってくれると、私、世界が幸せな色に包まれていることを実感できるの。
この手のなかの「メロンソーダ」のような、他愛のないものにまで、色を感じ、宝もののように思えるの。
本当に、不思議。
彼は、世界を色づかせる魔法でも持ち合わせてるのかしら。
彼といると、私はここにいてもいいのだと、世界が許してくれている、そんな感覚におちいる。
ねえ、アキト。
私、アナタに感謝してもしつくせないほど、今、幸せを感じているのよ。




