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他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【36】

 「ブンカサイ」当日は、とても忙しい。

 いつもより早く「ガッコウ」に登校し、「ブンカサイ」の用意をすることに。

 最近は、(わたくし)にも見慣れてきた「ガッコウ」の風景が、この日だけは違って見える。「セイフク」ではない人たちが多いせいかしら。それとも、この「ブンカサイ」というものが持つ空気が、人を軽く興奮させるからかしら。

 (わたくし)も、さっそくお姫さまに着替える。

 「ファ・ムーラン」。

 この世界の古代。「チュウゴク」という国にいたという女性。

 国のために従軍しなくてはいけなくなったけれど、家にいる男性は、高齢で病がちの父親のみ。そこで彼女は男のふりをして、父親の代わりに軍に入る。そこで、知り合った上官のリー・シャンという隊長に淡い恋心を抱くようになるが、女であることがバレて、軍から追放される。けれど、彼女は国のために活躍し、敵に捕らえられた皇帝を助ける。皇帝は彼女を褒め称え、リー隊長は、故郷に戻っていた彼女に逢いにゆき、求婚する。

 女の身でありながら、父親をかばい軍に参加した女性。国を救った偉大な業績を残すことになる女性。女偉丈夫、女傑なのかと思えば、そうではなく、人を愛する心を持ったやさしい心遣いもできる人。人から愛されるに相応しい人。

 …本当に、リナみたいだわ。

 そのやさしさと持ち前の勇気と明るさで、前へと進んでいける女性。誰からも愛される人。

 (わたくし)の身体にいる時、リナは殿下とともに乗馬をたしなみ、この間は視察にもお供していたと、アンナから聞いた。

 私なら、おそらくやらなかったようなこと。王都を離れる、男性と同じような乗馬をするなんて、私にはできない。

 「ファ・ムーラン」はリナに似ている。

 それは、馬に乗って殿下と出かけたという話を聞いたから、そう思ったのかもしれない。二人を、ファ・ムーランとリー・シャン隊長に、重ね合わせてしまっただけかもしれない。

 彼女なら、何迷うことなく、殿下との仲を築いていけるでしょうに。


 「ねえ、里奈、これ三番テーブルに運んでよー」

 「ほら、ぼさっとしてないで、五番テーブル、片付けてくるっ!!」

 「ブンカサイ」が始まると、私はそれ以上の思考の時間を取るような余裕もなく、ただただ与えられた仕事に忙殺された。

 用意されたお菓子とお茶を、卓についたお客さまに提供する。お客さまの立たれた卓は、早めに片付け、新たなお客さまをお迎えする。

 「おまたせいたしました。アイスコーヒーと、メロンソーダでございます」

 着慣れない服での給仕は難しい。その上、運んでいく飲み物を、(わたくし)はほとんど知らない。

 黒い液体と、泡の吹き出る緑の液体。

 どちらが「アイスコーヒー」で、どちらが「メロンソーダ」なのかしら。

 よくわからずに配膳しかけたら、背後から「逆、逆」と声をかけられた。

 黒いのが「アイスコーヒー」で、緑のほうが「メロンソーダ」。

 声に助けられ配膳を終えると、丁寧にお辞儀した。

 「ごゆるりと、お過ごしください」

 普段、アンナたちがしてくれるように振る舞ってみせる。

 それから、振り返って、先ほど声をかけてくれた主を探す。

 すぐ近くで、アキトが別の卓に給仕をしていた。運んでいたのは紅茶とお菓子。

 …あれだったら、(わたくし)にも少しはわかったのに。

 そんなことをチラリと思いながら、目線の合ったアキトに、軽く会釈する。

 …先ほどは、ありがとうございます。

 ―――どういたしまして。

 目で、そう答えてくれた。

 そして、フッと軽く笑い合う。

 アキトに助けられながら、(わたくし)は、リナとして給仕を続けていった。

 「おまたせいたしました。レモンティーと、アップルパイでございます」

 「アイスコーヒー一つと、ホットコーヒー二つですね。承知いたしました」

 次第にどのような献立があり、名前と品物が一致し始める。

 そうなってくると、心にも少しずつ余裕が出てくる。

 緊張で笑えなかった頬もゆるみ、姫として恥ずかしくないだけの笑みを浮かべることも出来るようになっていた。

 忙しさのなか、アキトと話をするのは難しかったけれど、それでも時折、視線で語り合う。

 「ねえねえ、写メ撮っていい!?」

 給仕にむかった卓で、女の子たちから声をかけられた。

 「シャメ」!? なにかしら。

 思う間もなく、みんながよく持っている板切れをむけられ、パシャっと軽い音がした。

 …なに!?

 彼女がその板切れを見せてくれる。すると、その小さななかに、(わたくし)と彼女たち。

 ああ。これは、瞬間的に絵を写し取る道具なのだわ。

 なんて便利なのでしょう。絵師いらずで、手軽に肖像を残せるなんて。

 この世界の、不思議な道具の一端に触れ、(わたくし)は軽く驚く。

 これがリナやアキトの暮らす世界なのだわ。

 見渡せば、あちらこちらで、同じように絵を残している人達がいる。

 こうして思い出を残していけば、将来、何度でも見返して、この楽しい時間を思い返すことが出来るわ。

 (わたくし)も、あんな板、欲しいわ。

 そうしたら、あちらの世界に戻っても、この思い出をよすがに…。

 …ダメね。

 ここで手にしたものは何一つ、あちらの世界に持っていくことは出来ない。

 残るのは、(わたくし)のなかに生まれた感情と、記憶だけ。

 それ以外に、何も持ち出せない。

 夢のなかで見たものは、どんなものであっても、目覚めた瞬間に消えてしまうのと同じ。

 ならば、心にあの板と同じものを持って。何度も何度も、たくさんのものを描いておきましょう。

 「ブンカサイ」のこと。給仕を体験したこと。変わったドレスを着たこと。

 そしてなにより、アキトのことも。

 執事姿のアキトを何度も目で追い、彼を写し撮る。

 この楽しい時間を助けてくれる、彼のことを忘れないために。

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