他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【3】
夢なら覚めて。
早く起きないと、学校遅刻しちゃうって。
そうずっと念じているのに、夢は、現実のようにリアルに過ぎていく。なんていうのかな。乗る気のなかったベルトコンベアーに載せられて、流されていくカンジ。どんぶらこ~、どんぶらこ。
オバさんに勧められたように、外の庭園をぼんやり散策する。
外の容赦ない日差しが、風が、花の香りが、夢じゃないよ~、現実だよ~って何度もくり返し五感に伝えてくる。
…わかってるって。
そんなに言わなくったって。
「さすがは、ローレンシア王国の庭園ですわね、姫さま」
浮足立った侍女の一人が呟いた。なんか、感動でもしてるのだろう、両手を組んで、目をキラッキラさせている。
あ~、そうですね~、キレイなお庭ですよね~。
無感動に無気力に侍女を見る。
多分、いつもの私の顔ならドヨ~ンとタレ線でも乗っかってるような表情になるんだろうけど。今の姫さまモードの顔では…。
物憂げな、花のかんばせを曇らせた、愁いを秘めた、そういうステキな表情になるだけだった。
アンニュイっていうの!? そういう、ドヨ~ンとは無縁の表情。
こういうとき、美人って得よね。どういう表情をしようが、感情を表そうが、結局サマになっちゃう。
なんか、ズルくない!?
実際、庭園はステキだった。
あんまり花とか、そういうのに詳しくないけど、多分、バラかな~って花がいっぱい咲き乱れてて。風に乗って、ほんのりいい香りが漂ってくる。すごく整った、えっと…、イングリッシュガーデンとか言うのかな、こういうの。
今、私がやってる姫さまコスプレに、すっごく似合った庭園。
実際、似合ってるんだと思う。
中身が私でなければ。
今の私は、庭園の美しさを堪能する余裕なんてない。
どうしよう。
このまま姫さまごっこやってくの!?
中身は私なんだって、誰かに話す!?
でも、どうやって!?
誰が、信じてくれるの、こんなこと。
それに、どうやって中に入ったのかわかんないし、どうしたら出ていけるかもわかんない。
姫さまを返してっ!! なんて言われても、私にはどうしようもないのだから、この場合、黙っていたほうが…。
でもでもでもでも。
黙っていたら、私、この夢みたいな世界が続く限り、ホモ王子と結婚しなくちゃいけないのよね。
…うう、それはイヤだ。
私の身体ではないけど、見ず知らずの男性と、愛もなく、そういうことはしたくない。
たとえ、これがマジで夢であったとしても。
せめて、名前ぐらい、顔ぐらい…、って、知ったところでやっぱヤダ。
コンコンと、頭を小突いてみる。ポロンと、私がこぼれ落ちたりしないかな。
何度叩いても、私が転がり出ることはなく、代わりに注がれるのは、「!?」という視線だけ。
マズい。
不審って顔で、侍女たちがこっちを見てる。
変なことして、ニセモノって思われてもヤバいもんね。
ニッコリと微笑んで見せる。すると、侍女たちもビミョ~な面持ちで微笑んでくれた。うやむや作戦、とりあえず成功。やっぱ、こういうとき美人は便利だ。
「おや、こちらにおいででしたか」
不意に、バラの向こうから声をかけられた。
高すぎず低すぎない、男性の声。
えっ!? 誰!?
思う間もなく、侍女たちが一歩下がり頭を垂れる。
垣根の向こうから現れたのは、私より頭一つ分ぐらい背の高い男性。
濃い金色の髪。少しクセが入ってるみたいだけど、すっごくキレイ。切れ長の目はこれまたグリーンで、どうしようもないぐらいキレイ。少し日に焼けた肌は、正直マイナスにもならない。精悍な印象でむしろプラス。
金糸で縁取られた赤の上着の上には、白いマント。
年は、多分、私より3、4上かな。19か20歳。
腰に剣を佩いたその姿は、どう見ても…。
王子さま。
それも超イケメンの、王子さま。
なにこれ、激ヤバなんですけど!?
「ご挨拶にむかおうとしていたのですが。ここでお会い出来てよかった」
バラを背景に王子さまが微笑む。
うおお、とろける~。こういうシチュエーション、滅多にないよ!?
「姫!?」
クラクラしてる私を、王子さまがいぶかしんだ。
「あ、いえ…」
なんでもございません。心の中でも、キャーとかワーとか叫んでおりませんことよ、ワタクシ。
「視察で、しばらく留守にしておりましたが…」
王子さまが手近なバラを手折った。長い指で、棘を外していく。その仕草さえも優雅だ。
「これからは王都におります。姫に淋しい思いはさせませんよ」
そう言って、私の髪にそのバラを挿した。
結い上げた金の髪に、濃いめのピンクのバラ。
「…お似合いですよ」
すごく満足そうに、王子さまが目を細めてくれた。辺りに見えないキラキラを撒き散らしたかのような笑顔。
カン、カン、カーンッ!!
ノッカウトッ!!
どっかで聞いたような声が頭の中に響く。
マジでときめく。恋しちゃいそう。鼻血でそう。本気で。
王子のその顔に、自分がお姫さま扱いされてるこの状況に。
このまま、お姫さまやっててもいいんじゃない!?
こんなステキな王子さまとだったら。
そうよ。
結婚だって、なんだって怖くなさそう。
イケメンだし、優しそうだし。
この身体、多分私のものじゃないけど、このまま結婚してラブラブになってもいいよね。
夫にするのも悪くない。
いや、むしろ正義。王道。当然の行動。
元の世界に戻りたいと思ったけど。あれ、撤回。ナシの方向で。
こんなイケメンがいるなら、こっちのがいい。私も美人だし。
「殿下」
王子さまの背後から、呼びかける声がした。王子の肩越しに視線を送ると、そこにいたのは、王子より年配、剣士風の男性。無造作に切りそろえられた銀髪。鋭い眼光。オオカミを擬人化したような、これまたイケメン。
うおお。何だこれ。イケメンパラダイスじゃん。
「陛下がお呼びです。すぐにお戻りを」
無愛想だけど、キレイなオオカミ剣士の声。
「わかった」
ため息交じりに、王子さまが応えた。
「では、姫。また後で」
そう言い残すと、王子さまは、オオカミ剣士と去っていった。
その姿もやっぱ、サマになる。イケメン二人のヤバいワールド。
ポーッとなって、その背中を見送る。
いいわあ。目の保養。
眼福。眼福。
…って、あれ!?
姿が見えなくなってからふと思う。
私の、結婚相手って、あの王子さまだよね。
そして、あの噂も思い出す。
「王子に男色の気があるとか、女を愛さないとか」
………マジ!?