他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【23】
そして。
突然に入れ替わりが元に戻る。
目が覚めると、そこは自分の世界で。
私は、かつての当たり前のように、私の身体で目を覚ました。
* * * *
長い長い夢を見た後のように。
突然のように、現実に引き戻される。
私は、知らない世界の、「ガクセイ」などではなく、ローレンシア王国の王子に嫁いだルティアナ王国の姫という立場に戻る。
これが、当たり前の世界。これが、本来の私。
楽しかった、自由だった時間は終わり。これからは、姫として、殿下の妃としての日常が待っている。
殿下と夫婦として共に暮らし、子を産み、両国の友好の礎となる。決められた道筋をたどっていくような人生。
でも、それが普通なのだ。姫として生を受けた以上、それが当然。
つい、未来の決まっていない自由な人生を垣間見たせいで、本来の道を悲しく思ってしまうけれど。私の生きていく場所はここなのだと、心に言い聞かせる。
あの世界の出来事は、少しだけ神さまが見せてくれた、素晴らしい夢だったのだ。
ナツキやアキトのことは良き思い出として、時折振り返るだけの、心の宝物にしておかねば。
今。この手のなかに、あの「イルカのぬいぐるみ」がないことを、ほんの少しだけ寂しく思う。
⇔ ⇔ ⇔ ⇔
元に戻った私は、さっそく冷蔵庫のプリンを確認した。
…やっぱり食べられてるっ!!
夏樹に訊ねたら、「姉ちゃんが食べたんだよ」と言われた。お母さんは、「あれぇ!? 里奈が食べたんだっけ!?」と、ポヤンとした返事だった。…夏樹、怪しすぎ。
「マジマジ、姫さまが食ったんだって」夏樹、必死。「この世界には、こんなに美味しいものがあるのですねってさ。美味しそうに食べてたし、食べたのは姉ちゃんの身体なんだしっ。いいじゃん、いいじゃん!!」
…むう。たとえ、身体が食べても、私は味わってないのだから、やっぱり食べてないことにならないか!? 自分のお金で、勝手にスイーツを食べられてた、瀧くんに同情するわ。
納得はしてないけど、今日は学校もあることだし、しぶしぶ用意を始める。
………ん!?
机の上、教科書に混じって知らないイルカのぬいぐるみと…、ノート!?
なんだろう。
手に取るものの、時間もないので、そのままノートだけカバンに放り込む。
あとで、学校で確認しよう。
家の前で落ち合った暁斗は「今日は、姫さまじゃないんだね」と、少しホッとしたような寂しそうな顔をした。
何!? 暁斗、姫さまのほうが良かったわけ!?
「そういや、部屋に知らないぬいぐるみがあったんだけど」
「ぬいぐるみ!?」
「うん。なんか、机の上に、大事そうに置かれてた」
「ああ。それは、僕と夏樹でセフィアさんにプレゼントしたやつだよ」
「プレゼントぉっ!?」
「セフィアさんを水族館に連れて行ったんだけど、イルカのショーをとても気に入ってたみたいだったから」
「イルカショー…」
むむうと唸ってしまう。なんかズルくない!?
私があっちで、乗馬だの、晩餐だのでものすごく苦労してるのに、こっちでは水族館に遊びに行ったうえ、プレゼントまでもらってるんだよ!?
なんとなく不公平。
プリンも食べそびれたし。
あれ、コンビニの限定品だったのよね。多分、もう売ってない。
そして、学校に着いて知らされる驚愕の事実。
中間テスト、来週なんだけど。
…勉強なんてしてないよ!?
まあ、これはいつものことだし!? 気にしないとして。(気にしろよと、一人ツッコミ)
私、完ぺきに暁斗とつき合ってるという噂が流れてた。
アーキートー。セーフィーアーひーめー。
二人を呪いたくなるぞ。
勝手に人間関係いじられて。知らぬ間に奥寺先輩とデートすることになっていた瀧くんに、本気で同情したくなった。
⇔ ⇔ ⇔ ⇔
自分の身体に戻った私は、いつものように、アンナにその日のドレスを着付けてもらい、髪を結い上げてもらう。
「今日は、ご乗馬などなさらないのですか!?」
遠慮がちにアンナから問われ、私は「乗馬!?」とオウム返しに尋ねた。
私、乗馬なんてまったくしたことないわ。怪我をしてはいけないからと、小さい頃からさせてもらえなかったもの。そのことはアンナもよく知っているはずなんだけど。
「殿下からのお誘いで、毎日なさっておいででしたから…」
そうなの!?
でもそれは、私じゃないわ。リナよ。
アンナに本当のことを話しておいたほうがいいかしら!? 彼女なら、この世界に来てとまどうリナを助けてくれるでしょうし。
…ダメね。
私、また入れ替わること前提に考えてるわ。
二度あったからって、これからもあるとは限らないのに。
こんなの、いつまでも結婚に対する覚悟が出来てない証拠よ。
いつまでも、あの世界のことを思っていてはダメ。
自分の道を、自分の足で踏みしめて、前へと進んでいかなくては。
「もう、乗馬することはないと思うわ」
アンナには、そう短く告げるだけにとどめておいた。
⇔ ⇔ ⇔ ⇔
夜。
久しぶりの学校、皆の大誤解にグッタリした私は、泥のように寝るためにベッドに飛び込んだ。
あー、今なら1、2、3で寝られる。のび太のように、瞬間で寝られる。
それぐらい瞼が重い。
寝よう。
明日も学校だし…。…でいいんだよね!?
「二度あることは三度ある」
なんとなーく、そんな言葉が頭をよぎった。
…まさか、…ね!?
でも、一度頭に浮かんだ言葉は、重い瞼を押し上げる。
そんなことあるわけないじゃない、と言い切るには不確定要素が多すぎるのだ。
のそり、と身を起こす。
目に写ったのは、イルカのぬいぐるみ。暁斗が姫さまにプレゼントしたもの。
…あ、ノート。
ようやく、その時になって、その存在を思い出した。
ついうっかり忘れていたけど、妙に気になり始める。
イルカと一緒に置かれていた、大切そうにされていたノート。
「…うわ」
パラパラとノートをめくった私は絶句した。
少しひらがなが多いけど、それでもていねいな文字でビッシリと書かれた文章。いつ、どこで何をしたかが、事細かに書き連ねてある。何ページも何ページも。
学校で何があったのか、誰がどんなことを言ったのか。何を見て、何を聞き、何を感じ、何を思ったのか。そのすべてが書いてある。
それは、セフィア姫の記憶であり、感情であり、そして、戻ってきた私へのメッセージだった。戻った私が困らないように、起きたこと全てを書いておいてくれたのだ。
「セフィア姫…」
私は、睡魔などすっかり忘れて、姫さまからのメッセージを読みふけった。




