他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【19】
いくら自分に運動神経があってもね。それは自分の身体だからであってね。
中身が私であってもね。やっぱり外身はセフィア姫さまなのよ。
私はそのことを、翌朝、痛いほど実感した。
そう痛いほど。
ハムストリングス、ヒラメ筋、大腿四頭筋、内転筋、大殿筋に、大腰筋、腹直筋に、腹斜筋、脊柱起立筋なんてものまで痛い。
筋肉痛。
とくに下半身を中心に筋肉痛。もちろん上半身も痛い。
馬って、こんなに筋肉使うものだということを身を持って知った。そして他人の、それもお姫さまといわれる類の筋肉がここまで弱いことも初めて知った。
「情けないな」
ベッドの上でうつ伏せのまま、1ミリも動けないほど痛みに苦しむ私に、王子は容赦なかった。
「お前、運動だけが取り柄だって姫から聞いてるぞ!?」
「悪かったわねー。本来の身体なら、こんなことにはならないわよー」
そうなのだ。本来の、本当の私の身体なら、こんなバッキバキになることはない。下半身の筋肉なんて、中学時代からずっと陸上で鍛えてたし、ちょっとやそっとのことで筋肉痛なんて、滅多なことでは起こさない。起きたところで、ここまでひどくはない。
「姫さまって、どんだけ姫さま生活してるのよー」
この痛みは、セフィア姫が普段から運動して筋肉を使ってないせいだ。ちくしょー、これだから世の中のお姫さまってやつは。
枕に顔を埋めて、グチグチと文句だけを吐き出す。今日は、ここから一歩も動けそうにない。
ギシッ。
ベッドがきしむ音がした。
そして、王子の手が私の足にっ!! 足にっ!!
ネグリジェの薄い生地越しに感じるのは、筋肉をほぐそうとマッサージしてくれる、王子の手。
太ももという、まあエロくもある部位だけど、それでも、痛いところをもみほぐされるのは、正直気持ちよかった。背中や、あまり痛みのなかった腕もタップリ揉まれた。
気持ちいいのと、恥ずかしいのと、気持ち半々。
「よしっ、これで少しは動けるだろ」
最後にペンッとお尻を叩かれた。
何よ。乙女のお尻を叩くなんて。
でも、実際王子にマッサージされたおかげで、身体を動かしやすくなった。
「あ、ありがと」
素直にお礼を口にする。
「今日も、色々つき合ってもらわなきゃならないからな」
…感謝するんじゃなかった。
⇔ ⇔ ⇔ ⇔
たった一日元に戻っただけで、またリナの身体に帰ってきてしまった私は、途方にくれてしまった。
また、今度は何日こちらにいることになるのでしょう。
その間に、あちらでは何が起きてしまうのかしら。
気になってどうしようもない。
アキトやナツキから聞く、リナという少女の性格なら、勝手に夫婦の営みをする…なんてことは起きないでしょうけど。殿下だって、「お疲れでしょうから」なんておっしゃって、いたわってくれるお優しい方だもの。入れ替わりの間は、手を出したりなさらないはずよ。多分。
ここにいる間、私は二人の性格に、そうであって欲しいと願うことしか出来ない。
………………。
………。
……。
ふう。
もうこうなったら、なるようになれ、ですわ。
次にいつ戻れるのか、戻れる保証もない現状。
いつまでもクヨクヨ悩んでいてもしょうがないわ。
今を、姫という立場ではない自分を、楽しむしかない。
元に戻ったとき、どうにかなっていたとしても、それはそれ。その時考えればいいだけのことよ。
今を楽しむ。
そう考えると、この自由な身の上、リナという少女の立場は新鮮で面白かった。
リナは、「ガクセイ」という身分で、「ガッコウ」という同じような年頃の人が集まる空間で勉学に励む立場。周囲からの反応をみるに、運動がよくできて、勉強のほうは、そこそこ。明るくサバサバした性格なのか、男女問わず、気安く話しかけてくる。話し方は私とは違うらしく、自分のことを「ワタクシ」ではなく、「ワタシ」と呼ぶ。じっとしているのが苦手で、身体を動かすのが好き。私が本を求めて図書室に向かおうとしたら、彼女の友だちに、ものすごく驚かれた。「リナが図書室なんて。明日、雪でも降るんじゃない!?」
とまあ、ひどい言われ方だった。
アキトとのつき合いもそう。彼とは、ただの幼なじみ、ということらしく、私が色々尋ねるために彼に近づいていると、これも友だちに騒がれた。
「つき合ってないって言ってたけど…」
「やっぱ、そういう関係じゃん!?」
「最近、里奈、大人しくなったしねー」
「恋する乙女は変わるのねー」
…えっと。そういうことではないのですが。
戻ってきたリナが大変な目に遭いそうなので、彼とは距離を置いたほうがいい気がするのだけど、この見知らぬ世界でリナになりすまして暮らすには彼の手伝いが必要だったので、あきらめて彼に近づく。
ごめんなさい、リナ。
心のなかで謝っておく。
アキトも、「里奈なら、大丈夫だよ」と軽く請け負ってくれた。
彼女なら、ちょっとやそっとの誤解ぐらいで困ることはないらしい。
入れ替わりのあとの、最初の休日。
その日、アキトはナツキとともに、私を外へ連れて行ってくれた。
この二人とだけいる時は、リナのふりをしなくていいので、気が軽い。
ありのままの自分でいられる。スカートも、リナの持っているもののなかで、一番長いものにした。それでも、くるぶしは丸見えなので、やはり落ち着かない。
三人で、「デンシャ」という馬より速い乗り物に乗って、「スイゾクカン」という魚がたくさんいる場所へと出かけた。
見たことない色鮮やかな魚。両手をいっぱい伸ばしてもまだ足りない、黒くて大きな魚。
「イルカのショー」というものを見せていただいた時には、私は、今まで見てきた何より素晴らしいと心の底から思った。あんな大きな魚の躍動感ある動き。多分、一生忘れられないと思うわ。
「どうしたの!?」
「ショー」が終わって、目を押さえた私を、アキトが怪訝な顔で見つめてきた。
「たくさんの素敵なものを見て、目が驚いてしまって…」
「疲れた!?」
ブンブンと首を振った。そうじゃないの、と伝えたい。
本当だった。疲れている、というより、目や耳、心が驚いている。もっと見たい、もっと知りたい、この世界の素敵なものを。そんな欲求が身体のなかから沸き起こっている。
「こんな素敵な所に連れてきてくださって。ありがとうございます、アキトさま」
思った感情をそのままに口にした。
「いや、気に入ってくれたのなら、うれしいんだけど…」
なぜかアキトが口ごもる。
その後も、いろんな魚をたっぷり堪能した。青や黄色の色鮮やかな魚。生きてるの!? と尋ねたくなるようなほど動かない魚。砂地に隠れて見つけられない魚。陸地をヨチヨチと愛らしく歩く魚。(それは「ペンギン」といって、魚ではないそう) どの魚も初めて見るものばかりで、どれだけ見ても、飽きることはなかった。
夕日が山の端に近づいた頃、私たちは「スイゾクカン」を後にした。
「これ、よかったら。今日の記念に」
帰り際、アキトとナツキから、先ほど見た「イルカ」の人形を手渡された。「イルカ」をとても柔らかい素材で作ってあり、…すごくかわいい。
「ありがとう…ございます」
どうしてかしら。うれしいのに涙がこぼれそう。「イルカ」をギュッと抱きしめ、リナの部屋に戻った。




