他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【17】
「セフィア姫…、なのですか!?」
殿下の驚いたような声に、私は「はい」とだけ短く答えた。
朝日の差し込む白っぽい印象の部屋、見覚えのある夜着に身を包んだ私は、なぜか殿下とともに寝台のなかにいた。
私、昨日までもっと別の場所にいたような気がするのだけど…。
おぼろげながら、記憶が輪郭を縁取っていく。
見たことも聞いたこともない、まったく知らない世界で、見知らぬ少女になっていたような…。髪の短い、私とよく似た年頃の少女。
少女には弟と両親、そして幼なじみだという少年がいて…。弟の名前はナツキ…。幼なじみは、確か…アキト。二人は、戸惑う私を色々と助けてくれたわ。
あれは夢…だったのかしら!? それにしては、かなり生々しかった。
ついほんのちょっと前まで、自分で体験してきたことのよう…。
今、こうして殿下とともにいる事情より、夢のような記憶のほうがしっくりと馴染む。
「私…、どうして殿下とご一緒しているのでしょうか!?」
理由がわからない。
結婚したというのならともかく、まだ、式は挙げていないはず。
だって、式は十日後よ!?
長い夢を見てきた気がするけど、さすがに、自分が結婚したかどうか、わからないなんてことはないわ。夢見たまま結婚した、なんてありえないもの。
だとしたら。婚前に床を共にしたということになるのかしら。
結婚が決まっていたとはいえ、それはそれで問題があるような気がするわ。
「何も…、覚えておられないのですか!?」
殿下も困惑しておられるようで、ため息とともに、額を押さえられた。
「昨日のことも!?」
「昨日!?」
何があったのかしら!?
「私とアナタの結婚式のこと、とか」
「結婚っ!?」
いつの間にっ!?
「私っ、そのっ!! いつ結婚したのですかっ!!」
「昨日ですよ。ご存知ありませんか」
ブンブンと首を振ってみせる。
「誓いのキスを交わしたことも!?」
ブンブン。
「では、その前日に逃げ出そうとしたことも!?」
ブンブン。
「舞踏会で、見事なまでに踊りきったことも!?」
ブンブン。
「視察から戻った日に、庭園でお会いしたことも!?」
ブンブン。
「ご自身のことを『リナ』と名乗ったことも!?」
ブンブン…って、え!? リナ!?
「やはり、アレの言っていたことは本当か…」
顎に手を当て、殿下がボソッと呟かれた。
え!?
「あの、殿下は『リナ』をご存知なのですか!?」
勢い込んで、殿下の両腕をつかむ。
「あ!? ああ。アナタが昨夜、ご自身のことを、そう名乗られたのですよ。自分は、『カミシロ リナ』で、セフィア姫と中身が入れ替わっているのだと」
「カミシロ…、リナ!?」
それは、夢で見た世界で、私が呼ばれていた名前だわ。
あの世界で、アキトに言われたことを思い出す。
―――姫さまは、これが夢だと思っているかもしれないけれど、これは今、実際に起きていることだから。だから、ここで時間が過ぎた分、あちらでも時間が過ぎている…と思っていいよ。おそらく、里奈が、姫さまの代わりに結婚しているかも…しれない。
言いにくそうに、そうアキトが教えてくれた。
私がリナとして暮らしたように、リナも私として暮らしていただろうと。
だから、いつ戻れるかはわからないけど、戻ったら結婚してるってことも覚悟しておいたほうがいいとも話してくれた。
…それが今、なのだろうか。
自分に覚えがないまま結婚して、殿下と床を共にしている。
「では、あれは夢…、ではなかったのですね」
手から力が抜ける。政略結婚だもの、いつかはって覚悟はしなくてはいけないとは思っていたけれど。そんなの…。
「…姫っ!?」
ああ、ダメ。
こんなこと、理解の範疇を越えているわ。
「姫っ!? 姫っ!!」
殿下のお声が遠い。
私は、自分の意識を真っ暗闇のなかへと放り込んだ。
⇔ ⇔ ⇔ ⇔
そして、私は今日という日を終えて眠りにつく。
いつもの私、という状態に戻って、ひっさしぶりに身体を好きなだけ動かしたので、よく眠れそうだ。
お母さんのゴハンも、おいしかった。
暁斗との周囲の誤解は…、まあ、そのうち消えてなくなるだろう。
⇔ ⇔ ⇔ ⇔
そして、私は今日という日を終えて眠りにつく。
いつの間にか結婚という事態になっていたけれど、それはあらかじめ決められていただから、納得できなくとも、受け入れるしかないのだろう。
殿下とは、今夜も床を共にした。しかし、「お疲れでしょうから」と殿下は何もなされなかった。
私の身の上に起きていたことを、殿下がどうご理解されたのかはわからない。けれど、夫婦の営みをしなくていいのは、まだ覚悟のできていない身では、ありがたいことこの上ないわ。
* * * *
明日はもう少し。
元通りの自分に戻って生活するだけ。
あのとんでもない出来事は、そのうち夢のように、曖昧になって忘れていくことだろう。
そして、朝。
私たちはありえない出来事にこう叫ぶ。
「また、入れ替わってる――――っっ!!」




