他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【15】
ローレンシア王国の王太子、ヴィルフリートは、その窓ごしに差し込んだ朝日に目を覚ました。
小さく伸びをして身を起こす。
その傍らには、昨日迎えたばかりの妻。
まだ、まどろみのなかで眠る彼女の顔は、女神のように美しい。
朝日に映える白い顔を縁取るように流れる金の髪。
少し梳いてやると、幸せそうに、彼女が頬を緩めた。
………。
つねってやろうか。その頬。
少しだけ憎たらしくも思える。
昨日の荒唐無稽な話に、こっちはロクに眠れなかったというのに。
なんだ、その寝顔はっ。
緩みすぎだろうが。
仮にも一国の王女のフリをするなら、もう少しリンとした寝顔をしろ。
勝手な要求を突きつける。
昨夜の話。
セフィア姫と異世界の女、リナがその身体を、中身を入れ替えているという話。
にわかには信じがたかった。
そんな馬鹿なことが起こり得るのか!?
最初は初夜から逃げたい一心のでまかせだと思った。故郷に好きな人がいる。姫が戻ってくるまでの身代わり。
だけど、最後の入れ替わっている、は妙な信憑性があった。
結婚前夜、バルコニーから逃げ出そうとシーツを使って脱出をはかる姫を見かけている。
あんなの、普通の姫に出来るはずがない。それも、手を守る用意をしながら、だ。
ありえない。
それに、姫本人ならたとえ故郷に恋人を残してきていても、望まない結婚であったとしても、脱走はしない。
すれば、それがどういう意味になってしまうのか、よく理解しているからだ。
身代わりだって、そうだ。
逃げれば、それは国家間の争いの元となる。
それをコイツは気づかずに、逃げ出した。
この世界の人間ではありえないことをしようとしていたのだ。
…まったくとんでもない奴だ。
クシャっと髪を乱してやる。
まだコイツの話を全部信じたわけじゃないが、それでも、一応信じたフリをした。
手を出さなければ、ここにいる。そういう約束をして安心もさせた。
もし。
万が一、姫が戻らずこのままだとしても。
姫そっくりのコイツがここにいれば、和平になんら問題はない。コイツさえいれば、セフィア姫はここに嫁いだ、ということになるのだから。
それに。最終的に、姫の身代わりのまま、コイツを抱いたって構わないのだ。
…普通の姫より、かえって面白いかもな。
ヘンに大人しいだけの、野心マンマンな女よりは面白そうだ。
⇔ ⇔ ⇔ ⇔
う~んっ!!
私は心地よいまどろみのなかからぼんやりと意識を取り戻した。
まぶたの向こうが明るい。朝だ。
「入るよー!?」
遠慮がちなノックとともに、ドア越しに夏樹の声がした。
…なにそれ。
いつも、ノックもナシに勝手に入ってくるクセに。
……………!? 夏樹!?
その声を、一瞬懐かしく感じた。
目を開け、辺りを見回す。
壁に吊り下げられた制服。自分なりに片付けた机。マンガが場所を占拠した本棚。
薄いピンクのカーテン。ありきたりな6畳間。
私の…部屋、だ。
身体を起こして、手を見る。少し日に焼けた手の甲。パジャマ越しに胸に触れる。
ほどよすぎるというか、手のほうがあまりそうなほど慎ましやかなサイズの胸。
モニモニ。モニモニ。モニモニモニ。モニモニモニモニ。モニ。
そう、このサイズですよ。下を見下ろすのに邪魔にならないお手頃サイズ。ちょっと悔しい気もするけど。
「戻ってきた…の!?」
声も自分の声。
十六年間つき合ってきた、懐かしい声。
「姫さま…!?」
遠慮がちにドアが開く。少しだけ顔をのぞかせたのは夏樹。
「夏樹ぃっ!!」
その憎たらしいほどナマイキな顔も今日だけは愛おしくて、思わずベッドから飛び降りると、力いっぱい抱きしめた。
「…ぐえっ。ねっ、姉ちゃん…!?」
潰れたカエルのようなうめき声を夏樹が上げる。
そうよ、姉ちゃんだよ。アンタの美しくて優しいお姉さまだよ。
「元に戻ったのか!?」
頬ずりから逃れようと、夏樹がジタバタ暴れだす。
そうだよ、ようやく戻ったんだよ。
…って、あれ!?
「どうして夏樹が知ってるのよ!?」
私が、入れ替わっていたって。
少しだけ身を離す。
「だって、姫さまをフォローしたの、オレだもん」
「はあっ!?」
「オレが家のなか担当で。アキ兄が学校担当な」
「ええーっ!? 暁斗もなのっ!?」
⇔ ⇔ ⇔ ⇔
心地よいシーツの肌触りに、意識がフワリと浮き上がってくる。
このままこの気持ちよさに身を委ねていたい。
柔らかい。
その触り心地に惹かれるように、手を伸ばす。
…………!?
何かしら。
指がシーツとは別の柔らかいものに触れる。
柔らかい。けれど、フニャリとしたものではないわ。
サラッとした滑らかな、それでいて温かくてハリのある。
…………肌、かしら!?
でも、私、自分の身体に触られた感覚はないわ。
では、これは、誰かの…腕!?
その疑問に引きずられるように目が覚める。
「ようやく目が覚めたか」
目の前には、鮮やかなグリーンの瞳。
その瞳が朝の洗いたてのような光のなかできらめいた。
間近で見る、見知らぬ瞳。けれど、私は、この瞳を知っている。目の前にいる人物を…。確か、故郷で…。婚約相手だと、肖像画で見せられた…わ。
「寝ぼけるなよ」
キュウっと鼻をつままれた。その軽い痛みに、手を引っ込める。
「………殿…下!?」
間違いない。目の前にいるのは。私と一緒に、シーツの海に横たわっているのは。
こんな密着したような状態で…、え!? 密着!?
「きゃあああああっ!!」
なにかしらっ!? なにが起こったのっ!?
どうして、私、殿下とともに寝ているのっ!?
あわてて飛び跳ねるように身を起こす。
すると、後を追いかけるように、見慣れた金の髪がサラリと流れ落ちた。
え!?
もしかして、これって…。
ペタペタと自分の身体に触れる。
私のよく知る、私の身体。
…戻れた、のかしら。元の世界に。
「……セフィア姫!?」
耳を押さえ、顔をしかめながら、殿下が問うた。
「はい」
短く答える。




