他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【11】
「こんなところで、お会いできるなんて。奇遇ですね」
「え、ええ…」
どうしよう、どうしよう。
逃げるつもりだったのに、よりにもよって、まさか、こんな大物に見つかっちゃうなんて。
私の思惑になんて気づかなかったように、王子が近づいてくる。
「明日のことが…、その…、眠れなくて」
ウソは言ってない。だけど、全部本当のことも言ってない。
ズレかけた肩の服を直しながら、視線をそらす。なるべく恥ずかしそうに。
そうすりゃ騙されてくれるんじゃないかなって、淡い期待。
「私もですよ」
王子が笑った。雲間から再び顔を出した月明かりに照らされた王子の顔は、昼間とはまた違った印象で…。その…、カッコよかった。
「私もなかなか寝付けなくて」
フワリと、私の肩に布がかけられた。王子が身につけていたマントだ。まだ少し王子のぬくもりと、香りが残っている。その慣れた動作に胸がときめきそうになる。
「よければ、しばらくご一緒しませんか!?」
ええっ!? そんな。私、逃げたいのに。
「…はい」
本音を言えず、王子に従った。
薄明かりにぼんやりと浮かび上がるバラを横目に、庭園のなかを歩く。月明かりに満たされた、青い世界。
「最近は、なかなか忙しくてお会いすることも出来ませんでしたが…」
少しだけ前を行く王子が切り出した。
「お元気でいらっしゃいましたか」
「…はい」
お元気ですよ。そこの窓から脱出を謀るぐらいに。
「それはよかった」
そこで笑ってくれるなよ、王子。こんな状況なのに、ときめいちゃうじゃん。
今の私は、この場をどうやってくぐりぬけようか、そのことだけに頭がいっぱいで、上手く返事をする自信はない。
なんとかこの王子をやり過ごして、一人になったら逃亡する。
そんなことばかり考えていた。
「国と国との思惑で行われる結婚ですが、アナタとなら上手くやっていけそうな気がしますよ」
立ち止まった王子が振り返りながら微笑んだ。
そんな、最高の笑顔で言われても…。
マジで困る。
私、ここから、アナタから逃げ出す気マンマンなんですけど!?
優しそうな、多分、ダンナさんにするなら最高の、どこも悪いところがなさそうな王子を見て、チクリと胸が痛む。
政略結婚であっても、この王子ならきっと姫さまを奥さんとして大事にしてくれるだろう。会ったのはこれで3回目で、顔以外、あまり性格を知らないけど、こうして会うたびに触れる、王子さまらしい気づかいと優しさに妙な確信を持つ。
この人なら、決められた結婚であっても、幸せなものにするための努力をしてくれる。そんな気がする。
…私が、本当にお姫さまだったらな。
生まれながらにお姫さまで、まあ現実の私のあの容姿で姫さまって笑っちゃうけど、それでも、嘘偽りのない姿で、ここにこうしているのなら。逃げ出したいとか、そういうふうに思うことなく、明日を迎えられたんだろうけどな。結婚、夫婦って部分はまだまだ受け入れられないけど、それも、この王子さまと過ごしていれば、そのうち、好きになってときめいて、OKになっちゃう…。
入れ替わるんなら、いっそのこと身体ごと入れ替わればよかったのに。
そうすれば、今とおんなじぐらい戸惑いはするだろうけど、こんな罪悪感めいた気持ちにならなくてすんだのに。チクチクと心が痛む。
「姫…!?」
黙り込んだままの私に、王子が怪訝そうな声を上げた。
「なんでも…、ありません」
ぎこちなくだけど、とりあえず笑ってみせる。憂いを帯びたとか、アンニュイだとか、そういうニュアンスの笑顔が作れていればいいんだけど。
これ以上、この人の良さそうな王子に心配されたりするのは、心苦しい。
「…そろそろ、部屋に戻りましょうか」
反応の薄い私に呆れたのか、王子が言った。
こんなに歩み寄ろうと、一生懸命話しかけてるのに、とか思われているかもしれない。けど、どう対応したらいいのか、私にはわからなかった。
…いっそのこと、真実を王子に話す!?
この優しそうな王子なら、もしかしたら理解は出来なくても、状況を把握してくれるかもしれない。
結婚は避けられそうにないけど、それでも、夫婦としてのそういうのは止めてくれるかもしれない。
もしかしたら。もしかしたらだけど。
元に戻る方法を一緒に探してくれるかもしれない。
一緒に探して、本来の妻を娶るために協力してくれるかもしれない。
もしかしたら…。
…言ってしまおうか。
今、私が抱えてる事情を。
話してしまおうか。
私がホンモノじゃないってことを。
王子とともに王宮内を歩きながら、何度も何度も口を開きかける。
顔を上げ、王子を見て…止める。
言う!? 言わない!?
話す!? 話さない!?
その答えを見つけることが出来ずに、私はただ歩きながら、くり返し、王子の秀麗な横顔を見上げ、床に視線を落とした。
「それでは、姫。おやすみなさい」
「…おやすみなさい」
そうこうしているうちに、部屋にアッサリとたどり着く。脱出はあんなに大変だったのに、歩いてくると、さほどでもない距離だった。
では、と王子が軽く会釈してその場を後にする。
「あっ、あのっ!!」
意を決して、その背中に声をかける。
どうしよう。言うなら今しかない。
「…いえ。なんでもありません」
だけど、振り返った王子の顔を見たら、出かかった言葉がノドにつかえた。
「おやすみ、なさい…」
うつむき、自分の所在を失くした手をモニョモニョと組み合わせる。
ダメだ。とてもじゃないが本当のことを話せそうにない。
ハッキリした理由はないけど、なぜか言い出せなかった。
不意に、額に軽くなにかが押し付けられた。下をむく視界に王子の足が入ってくる。
…えっ!?
驚いて見上げると、目の前に王子の姿。
キス……、されたんだろうか。額に。
「いい夢を、姫」
甘やかで優しい王子の笑み。
それだけを残して、王子はその場を去っていった。
額がほんのり熱を持つ。
そこから発する熱が、徐々に身体を支配していく。
…ゴメン。ゴメンね、王子。
私、アナタのためにも、寝て、必ずお姫さまを召喚、呼び戻すからね。
明日の結婚式は、ホンモノのお姫さまだよ。
それだけが、この王子さまの気づかいに対するせめてものお礼だ。
入れ替わってることを説明しなくても、結婚式までに元通りになっていればいいだけの話だよ。
そうだ。そうだよ。
待ってて、王子。
明日こそは、ホンモノお姫さまだから。
顔どころか全身を赤くしながら、私は途方もなく大量の羊を数え、眠りに落ちていった。




