第十五話
半兵衛さん、官兵衛さん、そして利家さんが俺の周りに座って俺を見ている。松吉は別の部屋に行ってしまっていた。
何から話すべきかと迷ったが、そういえば前提として、ずっと化け物と呼ばれていたあいつらの名前を言っておこうと俺は口を開いた。
「まず……その、言いそびれてたんですけど。あの化け物たちは、『ゾンビ』って呼ばれてるんです」
三人とも、聞き慣れていないであろう外来語に眉根を寄せる。今後現れる敵がゾンビだけとは限らない。寧ろゾンビゲーならもっと強いモンスターも付き物で、そういうのが出たときゾンビが怪物、化け物、という呼び名のままでは俺が混乱する。ゾンビです、ともう一回念押しするように言うと、半兵衛さんが言いにくそうにしながらも俺の発した単語を繰り返した。
「外国で使われている言葉で……生きる死体とも言われます」
利家さんが俺の言葉に納得するように何度か頷く。
「その言葉がぴったりだぜ……人間とは思えなかった」
「あいつらはあちこちから発生したらしいけど……どう発生して、どう増殖するのかな」
ゾンビが発生する原因はいくつかある。
「菌……っていうか、あの……感染症みたいなものじゃないかなと。死体が何かの病気に感染して、ゾンビになった、みたいな」
メジャーなところで言えばウイルスだろう。しかしそのままウイルスと言っても通じないだろうし、病気の具体例を出すにしても現代と昔とでは病気の呼び名も違うことがある。なんとか語彙を駆使して最低限わかるような説明を試みた。
「それで、ゾンビに噛まれたりして死んだ遺体がまたゾンビになって……を繰り返す、ということだと思います」
タイムスリップする前に見たゾンビとここにいるゾンビはよく似通っているし、こっちに来てから噛むところは見ていないが、最もよく知られるこのタイプだと仮定しておく。
他にもウイルスでなく寄生虫などで増えるタイプや、ファンタジーでは魔法や呪術で死体がゾンビとなるパターンもあるものの、ゾンビに噛まれることによる二次被害は警戒するに越したことはない。
「それなら戦いは極力避け、戦いになったら距離を取っての投石、火縄、弓矢が主力ってことになるかな」
銃と言えばゾンビゲームでも安定して敵を倒せる武器だ。しかし火縄銃だとゲームのように連射はできないし、装填に時間がかかるとも聞いたことがある。使いどころを間違えると逆に射手が危険になるだろう。
「あと、利家さん、陣の周りに松明を焚いてたらゾンビが近寄らなくなったって言ってましたよね」
「あー、まあ……気のせいかもしれないんだけどな」
「でもゾンビはあんまり太陽の下に出るものじゃないですし、火を本能的に避けることもあるかもしれません。あまり沢山だと居場所がばれるけど、多少効果はあるんじゃないかなと」
太陽が弱点というゾンビもいる。普通の火からも赤外線か何かが出ていると聞いたような気がするし、気休めでもあった方がいいだろう。
「火か……なるほど」
半兵衛さんが頷いた。
「検討しよう。昼間でも松明を常備させた方がいいかもしれないね。それに、戦闘になったとき、遠距離中心なら兵の布陣は……」
半兵衛さんはぶつぶつと独り言を口にしながら、徐々に俯き加減になっていく。自分の世界に入っている感じだ。その様子を見て、彼の隣から質問が飛んできた。
「連中に知能はあるのか」
反射的に背筋が伸びる。それまでほとんど喋っていなかった官兵衛さんがいきなり話しかけてきたのだ。下手に答えるとまた何か言われるのではないかと内心怯えながら、脳内の知識を寄せ集めて回答を考える。
「えっと……俺が見たそれぞれの個体には、知能はなかったと思います。けど――」
と、そこまで話した瞬間、急に閉まっていた襖が小気味よい音を立て勢いよく開いた。集中を一気に断ち切られ、驚いて変な声が出る。
「秀吉様!」
官兵衛さんと、顔を上げた半兵衛さんの声が重なった。
一日ぶりに見る、愛嬌のある猿っぽい顔だ。愛想がいいというより、人懐っこい笑顔を浮かべている。
「二人がここにおると聞いてなあ。せっかくだから来てみたんじゃ」
「そうでしたか……今はシュンからあの化け物――ゾンビ、について話を聞いていました」
まだ言いにくそうにしてはいるが、半兵衛さんには覚えてもらえたようだ。秀吉さんはゾンビと聞き取れなかったようで、半兵衛さんに聞き返している。
話を遮られ、官兵衛さんを横目で見たが、もう俺の方など見ていなかった。秀吉さんの様子を何も言わずに見ている。いきなり上司が現れたのだからそれどころではないのだろうが、聞いておいてこの対応はなんなんだ。
「……ふう。とりあえず、僕らは一度戻ろうか。準備があるから、あまり長居できない」
「そうだな」
そう言って二人が立ち上がる。
「お邪魔しました、利家さん」
「おう」
利家さんは半兵衛さんには笑顔を向けたが、官兵衛さんには特に何のリアクションもなかった。官兵衛さん自身も軽く会釈した程度で、ほとんど興味なさそうに出て行ってしまった。
どこか気まずさの残る静寂が流れる。
「……官兵衛にも困ったもんじゃのう。多分、シュンに何か言ったじゃろ?」
確かに期待外れだの荷物だのと色々言われたが、事実ではある。
「すまんな、気を悪くせんでくれ。優れた軍師ではあるんじゃが……如何せん人付き合いがのう」
「不遜っつーか、なんつーかな。俺は正直、好きじゃねえ」
利家さんがため息交じりに言うと、秀吉さんはばつが悪そうに黙り込んでしまう。
静かな空間の中、何か言った方がいいのだろうかと思った矢先、不意に俺の腹から間の抜けた音がした。
「……あ」
そういえば、タイムスリップしてきてから丸一日、何も食べていない。普段から食にはあまり興味がないし、リアルゾンビを見まくった後だからかほとんど食欲もなく、気づいていなかった。
二人は急に聞こえた音に少し驚いたようだったが、すぐ二人の顔に笑みが浮かんだ。
「はは、そうか、腹減ったよな。待ってろ、なんか用意させるから」
利家さんが立ち上がり、襖を開けて出て行く。その笑いは若干ぎこちなかったが、さっきの気まずい空気よりはずっと良かった。
内心少しほっとしていると、秀吉さんが俺の方を見ているのに気づいた。目を向けると、真剣な表情で話し始める。
「……こんな状況ゆえ、好きだ嫌いだとは言っておれん。シュン、官兵衛を見て妙な奴と思ったかもしれんが、どうかよろしくな」
人に好かれる秀吉さんだからこそ、人と人との関係で悩むこともあるのだろう。官兵衛さんのことを好くのは俺には難しいが、それでも秀吉さんの言うことには一理ある。俺は頷き、引きつっていたかもしれないが笑って見せた。