第十四話
体を揺すられ、徐々に意識がはっきりしてくる。
目を覚ました瞬間、全く見慣れない空間に慌てたが、すぐ昨日までの出来事を思い出した。
「長いこと寝てたな。おはよう」
横には利家さんがいる。まだ重い瞼を懸命に開きながら、ゆっくり体を起こした。どうやらもう朝は過ぎ、昼頃のようだ。誰かがかけてくれたのか、薄い掛け布団を剥いで利家さんの方を見た。
「起き抜けに悪いんだが……明朝、浜松城に向けて出立することになってな」
「浜松城……?」
浜松といえば、静岡かどこかの地名だったような気がする。
「家康の居城だ。実はついさっきまで、全体で軍議やってたんだけどよ……殿に救援の要請が来たんだ。あの化け物に苦戦しているらしい」
家康――当然、徳川家康のことだろう。
秀吉、信長と来て、後々天下人と呼ばれる三人が揃った。寝惚けて夢でも見ているのかと思いたくなるくらい、とんでもない状況に今俺は立っている。
「それで、お前のいないとこで決めちまうのも申し訳なかったんだが……あっちに知識を届けるってことでも、シュンがいた方がいいだろうってことになって」
利家さんはばつが悪そうな様子で話している。その後ろの方にいた松吉は、わかっているようないないような顔で話を聞いていた。
「それで、明日の朝出立ってわけなんだ。着いて早々、それも事後承諾みたいになっちまって悪いんだが……浜松まで一緒に行ってくれねえか……?」
勝手なことを言って悪い、と利家さんは繰り返し謝罪していた。
確かに急な話に驚きはしたが、利家さんが気に病むことでもない。それに、俺の存在が歴史に名を残す軍に認知されていて、多少なりとも役に立つ存在であれることはちょっと誇らしくもあった。責任重大すぎて尻込みしてはいるが。
「だ……大丈夫です。俺でよければお手伝いします!」
強がりのように見えたかもしれないが、こうなってしまったからにはやれるだけのことはやろうと思っていた。利家さんは安心したように頷く。
「ありがとよ。明日は結構軍の規模もでかくなる。それで、指揮を執る奴らがお前に話を聞きたいって言ってて――」
そこまで言ったところで、俺の後ろの襖が静かに開いた。
「お……噂をすれば、だな」
そこまで大きくない俺よりも背が低い小柄な人だ。しかし雰囲気はずっと年上のように大人びている。その人は俺と利家さん、松吉を交互に見た後、俺の方を見据えた。
「シュンっていうのはその人ですか?」
「ああ」
利家さんが頷くのを見て、丁寧に襖を閉め俺に近寄ってくる。
「え、あの……」
「初めまして。僕は竹中重治……半兵衛、と呼ばれてます」
そう言って軽く微笑むその人の名もまた、なんとなく知っていた。半兵衛さんは唖然としている俺の顔を覗き込み、首を傾げていたが、やがて話し始める。
「あの化け物に関して、僕らはわからないことだらけだから……聞けることは早めに聞きたくて。あと一人いるんだけど、もうすぐ来るはず」
半兵衛さんが言うと、再び襖が開いた。今度はやや荒っぽく感じられる。
「ほら、来た」
今度はそこそこ長身で、若干目つきの悪い半兵衛さんとは対照的な男性が立っていた。俺を品定めでもするみたいにじっと見ている。正直怖い。
半兵衛さんも利家さんも、そんな様子を見て同じようにため息をついていた。
「官兵衛。初対面の相手だよ。挨拶ぐらいしたら?」
呆れたような様子で半兵衛さんに言われると、官兵衛と呼ばれた人は仕方ないとでも言いたげに口を開いた。
「……黒田孝高だ。どんな奴かと思っていたが……期待外れだな」
期待外れ、だと?
自己紹介も最低限にそんなことを言われては、さすがの俺もむっとせざるを得ない。
「おい、官兵衛」
「腕が立ちそうには見えないし、知識だけで経験も少ないんでしょう。いくらあんたが武人だからって、荷物抱えたままでは限界がありますよ」
無遠慮に喋り続ける。知識だけで経験が少ないというのは全くその通りで反論もできないのだが、それでも荷物呼ばわりされては腹も立つ。利家さんはまた大きくため息をついて、官兵衛さんを見据えた。
「シュンの知識は役立つはずだ。この先、どんなのが現れるかわかったもんじゃねえ。お前、見たことも聞いたこともない敵相手に策立てられんのかよ?」
この二人、お世辞にも仲がよさそうには見えない。火花でも散ってそうな睨み合いをしていたが、やがて半兵衛さんが間に入った。
「利家さん、やめてください。官兵衛も。ここは評定の場じゃない。時間がないんだ、今は話を聞かなきゃ」
二人は納得いかなさそうにしつつも、半兵衛さんの言うことはごもっともだ。それがわかっているからか、拗ねたようにお互い顔を背けあった。
「ごめんね、シュン」
「い、いえ……」
かなり腹が立ったが、経験不足の新参者がいきなり同行するというのは気に食わない人もいるだろう。自分はまだ新入りなのだからと言い聞かせ、俺は半兵衛さん、官兵衛さん両方に向き直った。