第十二話
只者じゃない、という言葉はこういう時に使うのだろう。というかそんな言葉でも収まらないくらい、張り詰めた緊張感が漂っていた。
「……殿も、あの化け物はご覧になりましたか?」
俺と同じくらい、いやそれ以上に緊張している様子で言う利家さんに、信長さんが頷く。
「うむ。城下、街道、山中……様々なところに現れたが、ほとんどは討伐した」
動揺や困惑といった様子は一切みられず、当然の事かのように堂々としていた。さすがは戦国の英傑、そしてその英傑が率いる軍だ。常在戦場と言う言葉を聞いたことがあるが、もしかしたら戦国時代は現代よりずっとこういう緊急事態に強いのかもしれない。
「お前たちの向かった先にも化け物が出たと聞いたが、切り抜けたようだな」
「はい。その中で、この二人と会ったんです」
利家さんが僅かに口角を上げて俺の方を見た。同時に信長さんの目線もこっちに再度向けられ、また俺は狼狽えてしまう。ただ視線がこちらに向くだけで全身を射られるようだ。
「……あ、ええと、こちらはシュンと申す者でして。あの化け物どもの知識を持っているということで、我らにとって役に立つ人材と思い、同行してもらった次第です」
秀吉さんが補足するように俺を紹介してくれた。
「よ、よろしくお願いします」
意図せず声が震えてしまった俺の挨拶には応えず、信長さんはじっと俺を見つめてくる。松吉は完全に怯え切って、俺の後ろにすっかり隠れてしまっていた。それに気づいたのか、今度は松吉に信長さんの視線が移る。
「その幼子は何処の者だ?」
だが、怖がるばかりで何も言わない。代わりに秀吉さんが口を開いた。
「名は松吉と言い、恐らくですが一揆を起こした村の子かと……事情をよく知らないようで、化け物がうろつく中で放置するのは危険と思い、シュン共々連れて参りました」
ゾンビを指揮していたのではないかという俺の仮説は黙っていてくれたようだ。
信長さんはそれを聞いている間にも俺と松吉とを交互に見ていたが、やがて小さく頷く。
「化け物の中、単身でよく生き抜いたものだな」
その顔から心情を読み解くことは難しかったが、声色からも「織田信長」にイメージされる残酷さとか苛烈さとかそう言うものは感じられなかった。威圧感は物凄いけれども。
「シュンといったか。その方の素性は検めたか」
そんなふうにどこか油断していた俺に対し、不審な点は見逃さないとでもいうような一言が刺さる。思わず身体が硬直した。
「は……このような事態ですので、本人からの聞き取りのみですが。南蛮から来たそうで……化け物の知識もそこで得たとか」
やや堅い口調になった利家さんが、一つ一つ言葉を選ぶように述べる。秀吉さんも続けた。
「密書や暗器どころか、武具も一切持っておりませんでした。それに、民を装って何か企んでいるなら、儂らにわざわざ化け物の対処法を教える理由もありますまい」
二人も俺の怪しさは承知の上で、それでも暗に庇ってくれている。そこまでしてくれるのは、ゾンビが溢れる窮地を切り抜けたという仲間意識によるもの……などと思うのは少々おこがましいだろうか。
「……ふ」
眼前の魔王が口の端を少しだけ持ち上げた。
「お前は随分気に入られたようだな」
褒め言葉なのか、それとも皮肉なのか。言葉のまま受け取ってよいものか悩んでいる間に、信長さんはさらに続ける。
「ならば、利家とサルはシュンの目付役とする。お前たち自身で、その判断に責任を持つがよい」
責任――という言葉に、畏まる二人がよりいっそう表情を引き締めたように見えた。
それはつまり、害になると判断したならばその手で処分しろ、という指令でもあるのだろう。それは俺にもよく伝わってきたし、斬り捨てられないだけ有難い処遇だろう。
「利家、当面はお前が二人の面倒を見てやれ。サルは残って報告をせよ」
「はっ」
二人は揃って恭しく礼をして、その後利家さんが俺たちの方に向き直る。
「行こう。今度は山下りだ、さっきより楽だぜ」
もう緊張した表情ではなく、前のような人懐っこい笑みを浮かべていた。
ようやく一息つける。俺は信長さんたちの言葉に感謝すると同時に、強くそう思った。
タイムスリップした先で、運よくこの人に出会って、運よく受け入れてもらって……住むところさえ貰えるようだ。バイオハザードに巻き込まれてさらに戦国時代に来るとはとんだ不運だと最初は思ったが、今は自分の幸運をひしひしと感じていた。