第十一話
俺たちは、あちらこちらに死体が打ち捨てられた、荒涼たる道を進んでいた。今のところ、死体の山から新たにゾンビ化する様子はない。既にゾンビ化した後なのか、何かの理由があって死後もそのままになっているのか、見ただけでは流石にわからなかった。
利家さんによれば、城はそれほど遠いわけではないらしい。とはいえ現代の感覚で考えると痛い目を見そうな気がするので、油断はしないでおこう。
「そういえば……松吉、お前、少しでも覚えてることはないか? 他の人の様子とかさ」
利家さんが聞くと、ずっと俺の後ろにくっついていた松吉は考え込むように俯いてしまった。少しして顔を上げ、ゆっくりとだが口を開く。
「……お父さんが、戦いに行くって言って、いなくなって……しばらくしたら、みんながおかしくなってて。気づいたら、みんなが僕に近づいてきて……」
おかしくなった、というのはゾンビになったということだろう。その表情は話が進むにつれ暗くなっていった。松吉はそこで言葉を切り、黙って首を横に振る。もうそこからは覚えていないようだ。
「そうか……悪い、嫌なこと思い出させちまったな」
利家さんはばつが悪そうな表情を浮かべてそう言った。大体7歳前後と見えるまだ幼い少年には、ショッキングな体験だっただろう。
「城まで行けば、きっと安全だよ。もうちょっとの辛抱だから頑張ろう」
少しでも元気づけたくて、できる限りの優しい口調と表情で俺が言うと、松吉はおずおずとだが頷いてくれた。手も繋いでくれたし、ずっと俺の後ろにいたことと言い、もしかして少しは懐いてくれているのだろうか。
などと考えて若干微笑ましく思いつつ、道はまだまだ続く。
――もうちょっと、なんてのは幻想だった。時間の感覚もないくらい歩いて、山を登って、俺たちはようやく本拠地にたどり着いた。
城には権威を示すという意味合いもあったと聞くが、やはりこれを見たら誰だって畏怖を覚えるだろう。大きさといい装飾と言い、言語化しづらい荘厳さを感じさせる。
「ほら、もう着いたぞ! しっかりせい!」
秀吉さんも多少疲れは見えるが、それでも余力を残している様子で、完全にへばって座り込んでしまった俺の背中を叩く。松吉は俺以上に早く限界を迎えてしまい、利家さんに背負われていた。その利家さんは松吉を背負ったまま平気な顔で俺を見て笑っている。なんならゾンビより化け物かもしれない。
「きっつ……」
よく考えたら城なのだし、簡単に辿り着けては意味がないだろう。にしたって、滅多に運動しない俺には地獄のような時間だった。山道が憎い。
しかし、戦国時代の実際の城を実際にこの目で見られたというのはなかなか感慨深かった。これがバイオハザードの最中でなければ、大した歴史好きでもないのに結構興奮していたかもしれない。
「信長様はここにいるはずだ。もしかしたら他の家臣も集まってるかもな」
「ご無事だとよいがのう……」
門番には何事もなく通してもらえた。
俺には場違いすぎるぐらい、内部も綺麗だ。外から見たあの広さからして、はぐれたら最後だと思い、歩幅が大きい利家さんと歩くのが速い秀吉さんを見失うことのないよう早足で歩く。松吉も俺のシャツの裾を掴んで着いてきていた。
またしばらく歩いて、二人がいくつも連なる襖の前で立ち止まった。
「ここだな……ふー、やっぱ緊張す――」
利家さんが大きく息を吐く。
同時に、襖が開いた。利家さんが手をかける前に。
「え」
そこに立っていたのは、一人の男性。二人の顔が同時に凍りついたようだった。
「戻ったか、利家、秀吉」
大した台詞でもないはずなのに、なぜか全身に伸し掛かるような重圧を感じる。覇気と言うのか、今まで感じたことのないオーラを纏った人物だった。
「殿……!」
利家さんは焦ったように声を上げる。秀吉さんと同時に数歩下がり、床に手をつこうとした瞬間にその人が制止するように手を出した。
「直らずともよい。無事に終わったようだな」
「は、はい。殿もご無事で安心いたしました」
秀吉さんが言うと、その男性は呆気に取られている俺と松吉に目を向けた。この人が、利家さんや秀吉さんが仕えている相手――現代にも大きく名を轟かす、知らぬ者はない人物。
その目を見ただけでも、魔王という異名の意味が分かった気がする。
戦国の覇者――織田信長が、今目の前で、俺を見ていた。