第十話
森の小道を通る間にも、松吉はびくびくと怯えている様子だった。さっきまでゾンビに囲まれていた少年であるので、少々違和感がある。その記憶は全くないのだろうか。
一応繋いだ手からもちゃんと体温が感じられる。身体能力も変わった点はない。わけがわからないが、とにかく今は戻ることに専念することにした。
森を抜けると、そこにはさっき見た時よりもかなり数が減ったゾンビたちがいる。槍を持って先頭に立ち、ゾンビを次々倒していく利家さんの姿が目に付いた。
少し離れたところから見ていると、ゾンビたちは何となく前より動きがぎこちなく、バラバラなようだった。統率の取れていない、俺が抱く元々のゾンビのイメージに戻った感じだ。松吉をあそこから連れてきた効果なのだろうか?
「わしらの出る幕はもうなさそうじゃな……さすが利家よ」
感心したように呟く秀吉さんの言う通り、利家さんの活躍は素人目に見ても凄まじかった。一体あの人一人で何体のゾンビを倒したのか、とそんなことを考えている間にもゾンビの数は減っていく。リーチのある槍を武器にしているとはいえ、飛び道具なしでよくあそこまで暴れられるものだ。
ゲームみたいな光景だが、これが現代だったらこうはいかないはずだ。何度も戦を経験し、生き抜いてきたことによる技術と精神があるからこそ、生身の人間がゾンビと互角以上に戦えているのだろう。利家さんはさすがに強すぎる気がするが。
――利家さんが最後の一体に槍で止めを刺す。
遠くまで見回してみたが、もうゾンビの姿はなかった。少なくとも、さっきまでこの場にいたゾンビは全滅させたのだ。無数の物言わぬゾンビが地面に転がっている。
「利家! いやぁ、やってくれたのう!」
嬉しそうな様子で駆け寄る秀吉さん。
「おう、無事だったか! 急にいなくなるから心配したんだぜ。ま、お前のことだし、大丈夫だと思ったけどよ」
利家さんは無傷のようだったが、さすがに疲れているようで、若干息も上がっている。少しの間深呼吸を繰り返したあと、俺の後ろに隠れていた松吉の姿を見つけて不思議そうな顔で首を傾げた。
「秀吉、そいつは……?」
「あ、ああ、まあ色々あってのう……あの森を通って行ったんじゃが――」
秀吉さんはゾンビの本拠地らしきところにたどり着いたこと、そこでゾンビに囲まれながら傷一つなかったこの少年のことを掻い摘んで説明した。
「……化け物についてもほとんど知らないようじゃったし、置いていくわけにもいかなくてのう……こうして連れてきたんじゃ」
全体的に小声で、あまり松吉には聞こえないように話していた。といっても、転がっているゾンビを怖がっていてまともに何かを聞ける状態ではなかったので、大丈夫だと思うが。
「そうか……色々聞いてみたいことはあるが、後だな。城までの道はとりあえず開いたようだし、今は早く殿と合流しよう」
「うむ。無事でいてくれればよいが」
殿――つまり織田信長。とうとうその人と対面することになるのか。
魔王だのうつけだのと言うような半端な知識しかない俺にとっては、非常に恐ろしく思える相手だ。俺みたいな、見るからに不思議な格好の奴が果たしてすんなり受け入れてもらえるのだろうか? というか、見慣れない恰好をした若者がゾンビについて知ってるという時点で、かなり怪しいと思われても仕方がない気がする。いきなり刀向けられたらどうしよう。
「うぅ……」
松吉が俺の後ろで怯えている。俺もそうだが、この子がどうなるのかはもっと不安だ。正体がわからない以上、疑わしきは罰すると言われても反論しづらい。
俺としては、この少年はゾンビに関して良くも悪くも重要な存在となるのではないかと勘ながら思っている。しかし創作知識の上に成り立つ仮説であり、実際どうだかはわかりっこない。いずれにせよ、松吉がどうなるかは向こうの出方次第だろう。
そんな俺の心配をよそに、利家さんたちは撤収の準備を始めた……。