07
そんなことを考えていれば、イーズ様の横にはリズ・ワイナーがいた。目を見開く私とアルフレット、ヴォルフラムに対してとても面白そうな笑みを浮かべながらイーズ様はリズ・ワイナーに隣の席を勧める。
「あ、あの、お邪魔します」
頬を紅潮させ、明らかに可愛らしい笑みを浮かべる。ショートボブのルシィに負けない綺麗な金髪。小柄で男性受けが良い容姿だ。
「ローズモンド、先に食べていいんだよ」
イーズ様はニコニコと楽しそうに私を見つめている。
アルフレットのメイドも食事を持ってきて、アルフレットの前に置く。先日のことを言ったのか? と言うように見つめればアルフレットは否と言うようにほんの小さく首を振る。
「お前たちが楽しそうなことをやっているから、気になってしまってね」
「え、あ……」
イーズ様はアルフレットとのことをどこから知ったのだろう。アルフレットも少し驚いたような顔をしている。
「ローズモンド、冷めないうちに食べてしまいなさい。アルフレットも」
叱る様に言われ震える手で言われたとおりの行動をとる。アルフレットも同じように行動を始めて、無視を決め込まれているルシィも食べ始める。
「皆さまって仲がいいんですね」
「ああ、血の絆があるからね」
ふふふ、とリズを見つめている。楽しそうに、探る様に。
「血の絆、ですか?」
「そうだよ、絶対に裏切らない臣下と絶対に裏切らない王。帝国建国からの呪いだよ」
「そうなんですか! 素敵ですね」
「素敵と言えば、君も素敵な容姿をしているね。……麗の血が入っているのかな?」
コンコンコンと机を叩く仕草をする。自然な仕草でやっている人間が王族とかでない限り見落としていたかもしれない。
イーズ様から要警戒しろとのご命令。
「そうですか? 自分はずっとクレージュ帝国にいたのでわからないです」
「そうだね、本当に薄いから普通は気が付かないけれどね」
イーズ様の食事がやっと運ばれてきて、優雅に食事を始める。
「うん、美味しいね」
「はい、美味しいですね。こんなにおいしいもの食べたことないです」
私は私用に少なく用意された食事を食べきる。ヴォルフラムは既に食事を終えたようで出口付近に控えている。
「イーズ様、それに皆さま先に失礼します。ルシィ、何か用があるなら図書館で休んでいるから」
立ち上がるとイーズ様は私を見上げる。
「ローズモンド、安心しなさい。陛下から命令がない限り好きに過ごしていいんだよ」
「はい、お気遣いいただきありがとうございます」
そう言えば楽しそうにイーズ様は笑われる。
「派手に動かなければ目をつむる。まあ、君たちの年相応の驚いた顔とかが見られて大変愉快だったよ」
最初の言葉は間諜たちに向けてか? 私は頭を下げて図書館のほうへと向かう。ヴォルフラムは後ろから追ってきて心配そうにしている。
「お嬢様、なぜリズ・ワイナーがあの席に……」
「イーズ様が連れてきたの。麗帝国がらみかもしれないから、深入りしないでいいわ」
「殿下はなぜそのことを?」
「お家芸かもしれないわ」
王家の十八番の魔法は記憶操作。触れた相手の記憶を覗き、触れた者に記憶の移植する。この魔法は帝下四族の当主しか知らない極秘魔法。魔力感知の本当に鋭い、クレージュ帝国に一人いるかわからない人間にしかはた目にはわからないだろう。
かけられたから分かるがえげつない魔法だ。元々国への忠誠なんてなかったのに、領地を治めながら国のために働いてしまっている。
「……ずるい、ずるい魔法よ」
このクレージュ帝国を原初の当主陣の様に愛しているんだもの。
■□■
図書館へと付き、中を見て回る。とても大きな建物に流石に一流を名乗るだけ貴重な蔵書が多くある。
トン、と軽めの後ろからの衝撃を感じながら回された腕に手を添える。
「ルシィ、近いわ」
「誰も見ていないよ」
ああ、姉さん、と縋る様に抱きしめられる。
「やはり姉さんはいい匂いだ」
「士官学校は臭いの?」
ひとまず匂いには満足したようでルシィは私を横抱きにしながら一人掛けのソファーに私を抱えたまま座り込む。そのまま私の髪を梳きながら楽し気に笑う。
「男の汗臭いよ」
「そうなの? ランドルフ」
と、ランドルフを見上げれば彼は苦笑するだけで否定はしなかった。ルシィを見捨てないほど優しい彼がそういうのならば、本当に臭いのだろう。
たしかにルシィもかすかだが汗臭い。
「お友達はできそう?」
「みんないいやつだよ。俺は俺よりすべてが優れている奴しか姉さんに紹介しないって言っても話しかけてくれるし」
「そう、あなたより優れてるなんてそうそういないでしょ」
「うん? 素行なら優れてるやつごろごろいるよ」
はっはっは、と笑う彼を私は軽くはたく。そうすればルシィは私に縋りつく。
「俺に利用価値なんてないって判断している奴のほうが多いよ。現にアルフレット様とイーズ様なんて俺のことガン無視だったし」
「大丈夫よ、そんなことないわ」
ルシィの頭を撫で抱きしめながら言い聞かせる。
「私のルシィ、大丈夫。あなたに利用価値がないなんて言わせないわ」
「……まあ、俺のことはどうでもいいよ。姉さんは? 仲良くできそう?」
「どうかしら。ご令嬢と関わるなんて久し振りだもの……揉め事ばかり起こして……」
「大丈夫だよ、姉さん。きっとうまくいくよ」
大丈夫、と今度は私を撫でてくれる。
魔法で周りに人がいないのを確認してから口を開く。
「わかっているだろうけどリズ・ワイナーが要注意人物とイーズ様からの見解。あなた達は今日、同じ席にいたあの子にあまり近づかないで、気を付けてちょうだいね」
「わかってるよ。麗の間諜かもってことでしょう? 姉さんが気を付けてね。目的はきっと姉さんだよ」
ヴィトン家、帝下四族の最年少の小娘だから情報を取って来れるとか思われているんだろう。そしてうまく利用して味方につけてしまえば万々歳と。
「わかっているわ」
「ダンスパーティだけどさ、迎えは開場の十五分前でいい? 寮に迎えに行くよ」
「ええ、平気よ。よろしくね、私のルシィ」
「うん」
「……何度も言っているけど、在学中気軽にご令嬢と、お付き合いしないでね」
「わかっているよ。姉さん以上の人なら考えるけど、ほかは眼中にないよ」
「本当に、よろしくね。ルシィ」
何度も念押すように言えば、ルシアンは首を傾げる。
「姉さんは、誰か好きになったり気になったりした人はいなかったの?」
初めてルシアンが踏み込んできた。ドキドキしたような顔で覗いてきて、思わずほほ笑んだ。
「そうね、一人だけ昔……殺意にも似た思いを抱いたことがあったわ」
驚いたような雰囲気が周りから上がる。ヴォルフラムもランドルフも全員が驚いたように私を見ている。
「きっと、誰も喋ったことのない人よ」
楽しくなって声が弾んでしまう。ルシアンがぎゅっと抱き着いてきて私の首元に顔を寄せる。
「だぁれ?」
「教えないわ。きっと、もう一生会うことのない人だから」
そう言うとまた驚いたように顔をしかめて楽しく、唇に人差し指を当てる。
「どんなに頼まれたっておしえないわ」
いたずらっぽく笑えば、ルシアンは仕方なさそうに笑っていた。