06
お昼の時間帯となり、誰かに声をかけられる前に昼食を取りに行く。幸いにも令嬢たちは「ダンスパーティに誘われたらどうしましょう」とキャピキャピ話しに花を咲かせていたので逃げきれた。
「ヴォルフラムも食事を運んでくれたら二階で食事をとってきなさい」
「ありがとうございます。……お嬢様」
「なんですか?」
私と同じく共同食堂に行く令嬢たちがそばを歩いている。
「……あまり多用しないほうがいいと思います」
何が、と言及しなくても大体わかった。魅了の話だろう。
「ええ、わかっているわ」
共同食堂が見えてきた。中は空いているよう。士官学校の方がいないのが大きな理由だと思うけれど。
「お嬢様、お食事は何になさいますか?」
「これからすべての食事は日替わりのもので構いません。セット選択はお任せします。考えるのめんどくさいので」
そう言えばヴォルフラムはふふ、と少しだけ笑い声を漏らした。
「それでは私の判断で、たまに日替わりランチから固定メニューにも変えますね」
食堂の中はカフェテリアのようなおしゃれさだ。木目と白を基調とした中に、木製のデザインにこだわっているテーブルとイス。多く長方形のテーブルがあり、少し数を減らした丸いテーブルがゆったりと配置されている。一番小さな窓際の四人掛けの長方形のテーブルを利用することを決める。ヴォルフラムは私の食事を取りに行く。窓の外を眺めていれば士官学校の方も授業が終わり、食堂に来られているようだ。
ルシィが来ないかしら、と眺めていてもあの子は来ない。また、何かやらかしたのかしら。
「ヴィトン卿、ご一緒してもよろしいか?」
声をかけられた背後を見ればグロリア卿がいて、一瞬だけだが私の顔が歪んだ気がした。
「……どうぞ、ご自由に」
「感謝する」
していないくせに。席ならほかにもいっぱい余っているわ。またいじめに来たんだわ。
アルフレットは私の前に座る。グロリア家のメイドは一礼するとすぐに食事をとりに行き、アルフレットは胸の前で手を組み面白そうな顔をしながら私を眺めている。
「なにか?」
「ヴィトン卿は初めての授業というものだったのだろう? どうだった?」
「ええ……まあ、午前中は学校行事や注意事項をゆっくり指導されただけですので」
「そうなのか? 午後はなにをするんだ?」
「授業選択に費やすそうです」
まったく無駄だ、という顔をすれば彼は苦笑するだけ。
「士官学校はすでに実技に入っている。ルシアンもその関係で遅れているんだろう」
「そうなのですか」
「失礼、同席しても構わないか?」
今度は誰だ、と振り返ると見知った顔だった。
美しいプラチナブロンドの髪、男性のわりに腰元まで一部の髪を伸ばし三つ編みをしてまとめている。士官学校では二年生だったはず。独特の感性の持ち主であるこの国の第二皇子イーズ・クレージュ。
「構いません」
どうぞ、とアルフレットの隣の席を勧めればすんなりと座ってくれた。彼の執事もすぐに食事をとりに行く。
「遅くなったがローズモンド、クレージュ魔法学校の入学おめでとう」
まったくもってマイペースだ。嫌になってしまう。
「……ありがとうございます。精進いたします」
「いやいや、ヴィトン卿はよくやっていると陛下から聞いているよ。ああ……あと、逃げ出すなよって言っていたよ。何のことだろうか?」
イーズのほうは本当に分かっていないような顔をし、アルフレットのほうは吹き出しそうになっている。
「……そう、ですか」
「例年より五家会議は一ヶ月遅らせるそうだよ」
その言葉にアルフレットがイーズを睨み、イーズはにこにこしている。五家会議は王族と帝下四族だけが行う会議だ。例年五家会議は社交界シーズンの終わった七月前半。
「イーズ様」
「ああ、非公開なんだっけ?」
くすくすと笑っているイーズにアルフレットはすべてを飲み込んでほほ笑んだ。
「それ以上はここで御止めを」
「ねぇさぁあああん!!」
聞きなれた声で割と真面目に叫んでいるような声がして振り向く。私の従弟のルシアンは見事なまでの金髪を振り乱し、誰かにぶつかりながら走ってきて抱き着いてきた。
「わっ」
「ああ! 一日ぶりの姉さん! 本当にいい匂いがするぅ……」
「あなた、本当に周りを見て……先に座ってて」
首元に腕を回して縋りついているルシィを放置しながらぶつかった相手のほうへと行く。抱き着いてきても振り払う。行く場所を示せば不満そうになりながら席に着く。ぶつかっていたのは士官学校の方だった。
「すみません、私のルシアンがぶつかっていましたよね?」
と二人組で若干不満そうな顔をしている方々。声をかければ驚いたようだった。
「あ、いえ、平気ですよ」
「でも不快な思いをさせてしまったでしょう? 本当に申し訳なかったです」
ルシアンがぶつかった方の手を握れば逆に握り返された。
「な、ならば! 私とご一緒に歓迎パーティに行ってはくれませんか?」
「え」
赤らんだ顔に力のこもった手。驚いてしまう。あらかじめの予告なしのことに困惑しながら名前の知らない彼を見つめてしまう。
今年の先発はベルンか! とはやし立てる声がする。
「失礼、彼女は私が誘っているんだ。引いてはくれないか?」
肩を抱き寄せられた。そちらのほうを向けばイーズ様であった。
穏やかにほほ笑みながらベルン、と呼ばれている人の前から私を引っ張り席に戻る。
「あれは間諜だ。ほどほどに情報を渡すだけでいい」
こそりとイーズ様は私に耳打ちをする。すでにヴォルフラムが食事を持ちながら待っている。
「まあ、警備が緩いですね」
イーズ様は椅子を引いてくれて、私は座る。隣にはルシアンが座っており、悲しそうな表情でしゅんとしている。
「それで、私と行ってくれはしないか?」
ヴォルフラムは私の前に食事を置く。ヴォルフラムはルシィの「姉さんと同じで」を予想していたのかランドルフもイーズ様やアルフレットより一足先にルシアンの前に置く。
「本気ですか?」
「本気だよ。ルシアンと行く気だったのかい?」
「はい。ルシアンが良いと言ってくれたなら、ですが……」
隣に座るルシィを見上げれば了承の意を込めてにこりとほほ笑んでくれる。
「家のことを考えるとそれが妥当か。残念だ。……誰と行こうか」
じっとイーズ様は周りを見始めて、ああと笑った。立ち上がり、食堂の中心のほうへと歩いていく。
「アルフレット、イーズ様はいつもはどなたを誘っていたのですか?」
「政治的問題の公爵令嬢だな」
「たしかに、私はちょうど良かったのですね」
申し訳ないことをしてしまった、と思いながら待っていると「やあ、見つかったよ」ととても見事な笑みを浮かべていた。その手には食事を抱えられている。私とアルフレットはなぜだと疑問符を浮かべる。普通の令嬢ならば、イーズ様が持つ必要なく令嬢の付き人が持っているはずだ。
一体、何故?