05
帝下四族の下に公爵などが連なっていく。爵位を持つ貴族は何かしらの魔法、一族を象徴する血族魔法と呼ばれる遺伝性の魔法が両親のどちらかが使えて当然なのである。
私の家、ヴィトン家は華と炎。華炎のヴィトン家と言われている。アルフレットのグロリア家は時と空間で時空と称している。時喰のグロリア家と言われている。
平民は魔法顕現の確率が異常に低く、貴族は高い割合で魔法顕現をする。クレージュ魔法学校、クレージュ士官学校に入れる生徒はほとんどが貴族であり、平民は特待生制度を利用しなければ入れないほどに難関である。
特待生制度が使えなければ女子は別の魔法学校、男子は士官学校に入ればいい。けれど、設備も教師も三流ということだけ。
「一番早いイベントは三日後の歓迎のパーティでございます。時間は17時から19時までで、是非とも入場パートナーを見つけてご参加くださいね」
授業初日の一限目だ。担任のマダム・ティアラは穏やかな笑みでクラスに言い放った。
クラスメイトは初めて見たけれど、公爵令嬢と伯爵令嬢の三人以外はみんな見たことがない。喋り方や時々出てくる名前から男爵令嬢が多い気がする。十人から十五人のクラスが三つある。
黄色い照れたような声が上がり、楽しそうに相談をし始めるクラスメイトの方々。それを見つめるマダムはとても楽しそうだ。教室の後ろに座って見ているメイドや執事、護衛も微笑ましそうにその光景を見ている。
どうしましょう、と困ってしまう。ルシアンにいつも通り頼みたいけれどもあの子もきっと学生生活を満喫したいだろう。
「三日間は食堂が解放されていますので、そこで士官学校生のパートナーを見つけてくださいね」
「マダム」
と、呼びかけるのはフィオナ伯爵令嬢。
「衣服のご指定はあるのですか?」
「制服の正装ですよ」
「パートナーができなかった方は?」
「参加できません」
と、きっぱり言い放った。まあ、と顔を青くする方もいらっしゃる。
「でも、ご安心ください。クレージュ士官学校の殿方は、クレージュ魔法学校の皆さまよりも在校生人数が多いですわ」
よかったわ、と安心する方もいらっしゃった。
「あの、パーティって何をするんですか?」
こそっと話しかけてきた後ろの方、リズ・ワイナー。姓の順番で並んでいて、私の後ろに入学式に失態を見続けられた。それを言いふらされたら私の人生が終わる。
授業中に勝手に私語をしていいのか、答えたらいいのか困る。
「あら、その方は平民のあなたが声をかけていい存在じゃなくってよ」
助かった、と思い声がしたほうを振り向けば、ピックルズ公爵令嬢がいた。私もろとも見下すように鋭い視線を向けてきて、申し訳なり視線を逸らしてしまう。
「言っておきますけれど、ローズモンド・ヴィトン様は帝下四族の当主。本来ならばあなたが目にすることさえ烏滸がましいお方です。軽々しくお声をかけるだけで罰せられても仕方がないのよ」
ああ、これは私に向けての非難も込められている。あいまいな困った態度を見せるんじゃないと。
貴族のトップとして生きているのならばきっぱりと線引きをしろ、と。
「帝下四族……!」
驚愕するような声に私が泣きたくなる。
あなた昨日姓を聞いていたはずでしょう。よく考えなかったの、と。下手に利用されても困るけれども、頭が悪すぎてぽろっと溢されても困る。
「そしたら昨日のグロリア卿って……」
「まあ! グロリア卿にもご迷惑をかけたの!?」
平民の癖に、と罵る声がしている。どうか収めてくれとマダムを見てもニコニコとほほ笑んでいるだけ。
確かにグロリア卿、アルフレット・グロリアは次期グロリア家当主と指定されている方。グロリア卿にもご婚約者はいるが、あまり関係がよろしくないとの噂だ。それ以上にグロリア卿は客観的にみて見目がとても麗しい。総合的に見て一発逆転を狙っているご令嬢が多くいると聞いている。
だからこんなにも荒れているのだろ思う。
「あなたのような平民がいるべき場所ではないのよ!」
と、立ち上がりビシリと言い切る方に、リズ・ワイナーは泣き出しそうになる。愛らしいその瞳に涙をいっぱいに貯めている。
「ご、ごめんなさい……」
「皆さま、見苦しいですわね」
うふふ、と笑いながら毒を吐くマダム・ティアラ。キッと令嬢たちの睨みがマダムを貫くがマダムはそよ風を見に受けているかのように笑顔が崩れない。
「確かに、この国にとって身分は大切ですわ。しかし、クレージュ魔法学校では別です。ご学友に身分の差別はしてはいけません」
「……」
「ミス・ワイナー。わからないことがあれば挙手をして聞くように。または、後で聞きに来なさい。女の武器である涙は簡単に見せてはいけません」
「はっ、はい……!」
上ずった可愛らしい声がした。その声がした後、マダム・ティアラはニコリとほほ笑む。
いいな、私もそんな簡単なことで叱られるような立場に戻りたい。私がそれをやってしまったら、「はしたない」だの「女を売っている」だの「ヴィトン家も地に落ちた」とか言われたい放題になって周りの人間に迷惑をかけてしまう。
「そして、ミス・ヴィトン」
「はい」
「私語をしてはいけないというルールを守ったのは立派でした。けれど、あなたの対応が発端となった争いにあなたが対応せずにどうするのです?」
まあ、そうですよね。助かったと思ってはいけなかったのね。
「そうですわね、すみませんでした」
それでも、令嬢たちの鋭い視線は私に突き刺さる。お前は簡単に謝ってはいけない立場なのだと。でも考えてほしい。あなたがここの立場だったら本当にまともにできていたのか? と。ヒステリックに叫ばないだけ及第点だと褒めてほしい。
……ああ、嫌な女ね、私。心の中ではなんでも人のせいにして、自分より立場が低くて守られていて、それなのに偉そうにしている人を見ると本当に何でもかんでも悪いことを思ってしまう。
「……それでは、続きを始めましょう」
少しだけ悲しそうにマダムは顔を歪めた。それもすぐに微笑みに直り、話しを続ける。
「三日後の歓迎のダンスパーティーは制服でご参加ください。六月には士官学校の方を第一温室にお招きしたお茶会がございます。皆さま主導のおもてなしをしてくださいね」
私、なんでここにいるんだろう。おもてなしの仕方なら叩きこまれた。魔法ならば一通り詰め込んで学んだ。国土の勉強ならば昔からしている。
私は彼女達が持たない全てを背負って生きている。
「七月の後半から八月は授業はお休みですので、一時帰宅も可能ですわ。九月から授業開始で十月は学園祭となります。クラス内発表などございますから、早めに準備していてもよろしいですわね。十二月は士官学校とのプロムがございます。一、二年生は参加できませんが、誘われれば参加が可能です。年末年始は授業はお休みとなります」
士官学校と校舎は分かれているが何かと士官学校と行事を共にする。そりゃ、普通の令嬢ならば親の監視から離れ、同年代の異性と交流することは楽しくて仕方がないだろう。でも、私はそんなことをしている余裕はない。
……本当に私はなんでこんなところに押し込まれてしまったのだろう。