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森を少し抜ければすぐに絢爛豪華な貿易で栄えたと思われる街につく。
ヴォルフラムは黙って私の後ろに立っていて、麗玄王と彼の部下の女性が前を歩き、ほかの男性の部下が後ろを歩く。街中を歩いていると「麗家の」という言葉が乱立して、通行人はすべて商人も含め平伏している。
「ここが最西の居城だ」
目の前には一際輝いている城がある。趣味ではない。
厳重に警備された敷地内に入る。本当に麗帝国まで飛んできたのかと実感する。
「……そうですか」
「できるだけ早く話しを詰めよう。明日、帝都に飛ぶ」
「はい」
くい、と麗玄王の袖を引く。そうすれば麗玄王は驚いたように振り向き「なんだ?」と小さな声で答えた。
「魔法、使えるようにしてください」
「……今は断る」
「疑っておいでで?」
こてんと首を傾げる。そうすれば、麗玄王は私の頭を撫でてまた進み始める。
「その魔法は厄介だ。すべて問題なく解くには時間がかかる」
「……そうでしょうね。陛下の魔法です。っわ!」
そうつぶやくように言えば、抱き上げられ片腕に乗せられた。バランスの悪さに思わず麗玄王のあたまを抱きしめると「はっはっは」と楽しそうに笑いだす。
ヴォルフラムはじっと私の指示を待っており、麗玄王の従者は楽しそうに笑っている。
「いきなりなんです!?」
「守ろう、すべてから」
「……ええ、魔法が使えない今、守ってもらわねば困ります。責任は取ってください」
「ああ、責任を取ろう。部屋は用意させてある。疲れただろう、すべて忘れて今日は休め」
ふぅ、と少し考えるように息を吐いてから、麗玄王のことを見上げる。
「よろしければ、婚約の話しを詰めてしまいましょう。クレージュも二国同時に戦争など愚かな真似はしないと思いますが、雪月の騎士がいなくともコリスカも一年は持たせてくれるでしょうから色々と情報戦が始まると思いますし」
「……構わない。だが、気を静めたほうが貴殿も冷静な判断をできると思うが?」
「……冷静な判断ができていないと?」
「いいや、そう言うことが言いたいわけじゃないが……」
「お嬢様、麗様の言うように一度下がりましょう。離れていた間のことを少しお伝えしたいです」
いいから一度下がれ、と言いたげなヴォルフラム。遮るように言ってきたことに本気が伺える。
「……ええ、あなたがそう言うのなら、そうしましょう」
そういった私に驚いた顔をしたのは麗玄王で、ヴォルフラムはホッとしたようにほほ笑んだ。
ヴォルフラムの言うことだけは必ず良く考えなければいけない。私の変化を一番よく知る彼だからこそ、普段の私がする判断と、普段と違う判断をする私をきちんと見分けれくれるはず。
様子を伺っていた居城にいたメイドはパキパキと私を案内する。
案内された部屋はまさに豪華絢爛な客室。客を休める気がないのでは? と考えてしまうほど悪趣味な成金ぶりだが黙ってソファーに腰掛ける。
私たちを案内したメイドはドアの傍に立っており、外に出る気配はなさそうである。その様子を私たちが察するとヴォルフラムが口を開く。
「先んじて失礼します。先日よりお嬢様が気になさっていたリズ・ワイナーは麗帝国魔法師の、あの転送魔法師の娘です。和の国に関しては未だ情報が来ていない、と。つまり、情報統制がなされているようです」
「……わかりました」
リズ・ワイナーに関しては案の定であった。和の国は半年以上たっても情報が更新されていない、というところをかんがみて情報統制がされていると考えて難しくない。
つまり、そこまでの情報統制ぶりから魔法石の産出は和の国でもされていると考えていても問題ないだろう。
「一つ、質問なんですがお嬢様」
「なんでしょう?」
「お嬢様は、ジャン・ジャック・ユルフェ卿と婚約なさるはずでは? そのために呼んでいたのでは?」
「……ユルフェの剣が受け止められていた所は見ていたかしら?」
「にわかに信じがたいですが」
「魔法具、というものらしいです。わかりやすく言えばフロイトレベルの魔法師が魔法具を使えば受け止められる、ということです」
驚いたように彼は目を開き、私を見つめている。
「ヴィトン家は、どう転んでも存続はします。クレージュ帝国が負けようが、麗が負けようが私は殺されない」
クレージュ帝国が勝った場合、ヴィトン家の直系の血は私しかいない。叔父のアルマティアは「私が麗を選んだ」という情報を知れば絶対に陛下につく。そして、私の助命嘆願をする。それを受け入れる形でアルマティアは前線に出るだろうが、陛下はアルマティアを理由に私を殺さない。他の分家の能力低下が著しいからだ。唯一の使える威力の従兄でさえも平民の血が流れるルシアンには及ばない。
ヴィトン家の母体としてどんな形であろうとクレージュ帝国で引き取られる。
麗帝国が勝った場合、あの男は私のご機嫌取りにクレージュ帝国を名実ともに残すだろう。陛下の血筋やほかの帝下四族は厳重な監視があるだろうが、有力な魔法師を生む家として残るはずだ。
あの頭に血が上った状態であの男を選ばなければ、きっとあの男も手段を択ばずクレージュを侵略しに来たはずだ。西のコリスカと戦争中に合わせて東のウェルス公国と耳障りの良い同盟のもと麗との戦争になったはずだ。そしてあの悪人じみた笑顔で「クレージュ帝国を、王家、帝下四族を名実ともに残したいのなら手を取れ」と勝ち誇ったように言うだろう。あの男は、クレージュに対してきっつい情報統制をおこなっていたのは雪月の騎士の発言からして想像が難しくない。
「……でも、もしあなたが責任を取らされるようなことがあれば、私のために死んで。ヴォルフラム、恨んでくれていいわ」
クレージュが勝ったら私はユルフェの下で一生軟禁だろう。ユルフェのもとというよりは王城で一切外に出ることなく、魔法を封じられて実質の監禁だろう。ヴォルフラムは勝手な行動をした見せしめとして殺されるだろうし、ヴィトン家はアルマティアが当分の間当主として立つだろうが裏切りの名を背負うだろう。
だが、魔法石の有用性は他国まで広めることができる。ヴィトン家が裏切ってでも手に入れたがった万能の石があるが、それも魔力で叩き潰した国として君臨することができる。
「私は国のための選択をしたと信じている」
ヴィトン家はどう転んでも悪名は着いて回るだろうが、麗に付かなかった時の国も家も何も残らない最悪のリスクよりはましだ。
「だから、どんな言葉も受け止めるわ」
「……はい、お嬢様。お嬢様が後悔しない選択ならばヴォルフラムは着いていくまで。私の命で済む問題であるのならそれに越したことはありません」
「……ありがとう。でもきっと陛下もわかって下さる。私が国のために苦悩したこともすべて」
クレージュが勝てばきっと、陛下もうまく取り繕ってくれるはず。
……ああ、なにもかも私はずるい。
ボロボロと涙があふれてくる。もっと悩みたかった。あんな一瞬で選ぶなんてどうかしてた。どうして私に拘るのかわからない。……いや、最高の火力を有している貴族だから。ただ、それだけ。
こんな大きすぎる選択したくなかった。選択をしないで誰かに任せるという、父や母というものに守られたかった。私の選択で私の領で戦争が始まる。生ぬるい、令嬢というものをひと時でも満喫したかった。
「ごめんなさいね。落ち着いたら、涙がでて……引かせてくれてありがとう……思った以上にストレスだったみたい」
ヴォルフラムは何も言わない。悲し気に顔を歪めて、すべての言葉を飲み込んでくれる。
やらなくていい、逃げていいなんて言う言葉は絶対に彼は私にかけない。私がヴィトン家当主であることを、ヴォルフラムが一番尊重してくれている。
「大丈夫です。お嬢様、すべてうまくいきます」
複雑そうに笑いながら彼は口を開く。
「絶対に、大丈夫です。今は休みましょう、埃を落として、身体を休めましょう。きっとうまくいきます」
そうなれば行動だ、といわんばかりに彼はメイドにお風呂の準備を催促する。
きっと彼が一番混乱しているのに、私のことを一番に優先してくれている。
お風呂の準備は既にできているという言葉を聞き、ヴォルフラムはメイドに様々な質問と指示をしている。
「きっと、あなたが居なければ自滅していたわ。一緒に来てくれてありがとう」
ぼそり、とつぶやく言葉は誰にも届いていないようだった。




