04
「君の浅はかな考えなど端から否定される。あまり世間を馬鹿にしているなよ。ここで俺が君を犯せば否応なく君は俺のものだ」
すっと息を吸ってから何を言うかと思ったら思いっきりバカにしてきた。
さらにアルフレットは私の制服のスカートを捲り脅してくるが、きっとこれは本気ではないんだろう。じっと見つめていれば拍子抜けたように力が抜けた様子だ。
「逃げ――」
「――ダメです!!」
ドンッとアルフレットが誰かに横から押されてよろけていた。悲鳴を上げそうなほどに驚いた。瞬時にアルフレットが私の腕を引っ張ってその背中に隠す。
「……何故、君がここにいる?」
「さ、さっき図書室に連れてきてもらって……」
さっき? さっきって、リズ・ワイナーか? でも、図書館に行くって……言っていなかったか?
「図書館じゃなかったのか?」
「図書室って言いました……」
申し訳なさそうな声を出して、伺うような様子を見せている。もしかして邪魔しましたか? と尋ねられてアルフレットが一段と警戒したような様子を見せている。背中に庇うように回された手が力強くなる。
手を回されていたのでもたれかかる様に背中に引っ付いているとゆっくりと後ずさってドアのほうへと向かっている。
「先に行っていろ」
「……グロリア卿」
「俺の失態だ。俺が片付けておく。また会おう」
アルフレットが私を押し出すように図書室から追い立てる。
ぴしゃりと閉められた戸を見ながら呆けていると、「お嬢様?」とヴォルフラムが声をかける。
「お話はもう終わりで?」
「え、ええ……、行きましょう。ヴォルフラム……、ご迷惑をおかけしました」
アルフレットのご学友に頭を下げれば「いえ」と気を使って返事をしてくださる。
「あ、アルフレットとお話はできましたか?」
「いえ……、ご先客がいたようでできませんでしたわ」
そう答えればご学友は残念そうな顔をしてくれた。とてもやさしい方だ。
「ああ……私、ローズモンド・ヴィトンと申します。ご迷惑をかけたお詫びをしたいので、先輩のお名前をどうかお聞かせ願いませんか?」
「はっ、私は士官学校所属三年、レヴィ・フロイトと申します。私は領主様の平民ですのでお役に立てたら光栄です。恐れ多いお言葉ありがとうございます」
びしり、とした美しい敬礼に、手本になるような尊敬礼。私の領民なのかと思うとうれしくなる。
「ありがとうございます。とてもご立派に役職をこなされておられるんですね。誇りに思います」
尊敬礼を止めされるように頬にてを添え上げさせる。逆らうことなく素直に上がる頭に笑みが零れる。フロイトは頬を赤らめながら困ったようにほほ笑まれる。
「これからも頑張ってくださいね、フロイトさん」
フロイトに頬にキスを送ってから寮のほうへと歩く。後ろを歩いているヴォルフラムが何か言いたげな雰囲気を出しているが、無視をする。
女子寮は入学申込時に申請があった護衛は朝七時から午後八時までなら護衛のみ男性でも入ることができる。許可証を持っているヴォルフラムも問題なく入る。
私の寮室は一年生ながら一人部屋が与えられた。一応私がこの年で当主であるからだ。少し前にも士官学校に当主がいたらしく、その時に決定した規律らしい。
ヴォルフラムが私の寮の部屋を開けドアを閉めたのを確認してから口を開く。
「おじょ――」
「ヴォルフラム、叔父様にお願いしてリズ・ワイナーについて調べさせて」
「え、はい。あの……その方がどうされたんですか?」
「アルフレットが二回もその子の気配に気が付かなかったの」
あの人がどうにかするって言っていたけどどうもできなかったらどうしよう。ヴィトン家の築き上げてきたのもがすべて崩れてしまう。私ができるものなんて拒絶しないぐらいしかできないのに。
ああ……、どうしましょう。
「お嬢様、その者に何かされたんですか?」
「ヴォルフラム、内緒ね、内緒なのだけれども、アルフレットにまたいじめられて、抱きしめられていたところを見られてしまったの」
ぼろっと溢れる涙にヴォルフラムが慌てて、目線を合わせてハンカチを差し出してくる。
「あの人には婚約者がいるから、奪おうとしてるなんて噂がたったら……! また私の代で名声が地に落ちるわ……。さっきフロイトさんは褒めてくれたけれどもきっとっそんな話を聞いたら呆れられてしまうわ……! 私がんばってどうにかしようとするたびに墓穴ばっかり掘ってしまうの!」
もうどうしようもないほどに愚かだわ。泣いて許してもらえるのならばいくらでも泣くけれども、そうならないのが世の中だ。泣いたほうがもっとバカにされてしまう。
必死に頑張っても、私が知略でできることなんて小さな子どもレベル。本当に早く私のもとに正式に当主の権利が欲しい。そしたら、どんなことをしてでもルシィに譲ってしまうのに。
「大丈夫ですよ、お嬢様」
差し出してくれていたハンカチを受け取る余裕もなかった。そうしたら、ヴォルフラムが私の涙を拭き、ほほ笑んだ。
「……ヴォルフラム」
「御命じください、リズ・ワイナーを黙らせろと」
「……なにをする気?」
殺すの? いいえ、そんなことはしてほしくない。私の失態をあなたが拭う必要はないのに。
「穏便に、黙らせます。アルマティア様にはお伝えしておきます」
念を押すように優しくほほ笑む。昔から変わらない私を安心させようとするときに見せる笑顔。ハンカチを持っていないほうの手を握れば、大きい手が私を優しく包み込む。
「だめ……私から離れないで」
「……はい、お嬢様がそう望むのならば」
仕方がないな、と言うようにほほ笑んで私の頭を撫でる。あたたかい手に安心する。強請る様に手に寄りかかればヴォルフラムはあやすように私の頭を撫で続ける。
「優しい、優しい俺のお嬢様」
「優しくないわ、性格悪いもの」
「……そうやって捻くれる所は可愛くないですね」
くすくすと笑うヴォルフラムに、少しだけつられて私も笑う。
「大丈夫です。すべていいほうに進みますよ」
「そうね、あなたが言うのならばきっとそうだわ。あなたが間違ったことなどないもの」
少しだけ安心する。いつも通り変わらない優しい声も、甘やかしてくれるあなたに安心する。