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「アルバート・ブライトマン卿、最後に言っておきます」
必死な顔が私に向けられている。私だけに向けられている。
ぽとりと落ちた私の軍帽。髪ひもも緩み落ちてしまったようだ。
「なんです? 投降してくれれば、最後ではありません」
「私はきっと十年前からあなたに憧れていた」
「なんだ!?」「どうした!!」「あの炎を消せ!!」と次々に上がる声に、アルバート・ブライトマン卿が振り返る。
喉を押さえて崩れ落ちていく兵士。アルバート・ブライトマン卿も苦しくなってきたようで、ようやく理解したようだ。火災旋風は自然災害を誘発させる魔法。自然災害に勝る魔法は大規模魔法すぎて扱えるものは本当に少ない。
魔力が帯びたものはそれ以上の魔力で押さえつけてしまえばそれで終わる。自然現象はそれを上書きできるほどの魔力と対応魔法が必要となる。
「私は、あなたに恋焦がれていた。きっとそれがヴィトン家が持つ魔法だとしても」
カラン、と剣が落ちる。
両手で彼は、彼の精いっぱいの魔法を発動させる。詠唱も、魔法陣もすべて使用した彼の得意魔法。氷結魔法を展開させた。
ただじっと彼を見つめる。
「――我が求むるは久遠なる不変 我行うは歴史を止める一手 その生命を止めよ その激情は我が意志の前に凍結せよ」
鮮やかな魔力の構築。真っ青な空に輝いている星屑のような彼の魔力と髪。
――ああ、どんな魔法よりも美しい
「領域創生魔法 永久凍土!!」
ぶわりと広がり、白銀の世界。地面も凍り付き、空気も凍る。対界防御壁が張ってあるところさえも浸食した今まで見た中で最高で最難の魔法だ。何故だろう、どうしてこんなにも涙があふれるのだろうか。
「……その魔法程度ではあれは止められません」
この声が届いたのだろうかは定かではないが、彼はじっと眺めていた。
「きっと私は、私よりも強く、寛容で、朗らかで、権力者の中唯一優しかったあなたに――」
白銀の世界に、真っ赤な旋風は止まることなく、勢いを増しながら緑の世界に変えた後、赤く染めていく。
「恋をしていた」
彼の見開かれる目。その目には私が写っている。私だけを映していた。
そして彼もほろりと涙を流した。
「私はあなたを殺さねばならない。あなたが戦火になるから敗戦になろうとも、あなただけは殺さねば……」
「殺されるわけにはいきません」
涙は止まっている。私が彼に手を伸ばして見ると彼は抵抗もせずに受け入れ私が押し倒し返す。彼の甲冑の上にまたがっても抵抗が一切ない。
「完敗です。ヴィトン卿、あなたの手で殺してください」
「投降をお勧めします」
「いいえ、遠慮します。あなたの心に残りたい。あなたが恋した男をあなたの手で殺してください」
彼の涙も止まっていて、覚悟の決まった表情だった。
「生け捕りにするのならば、自害します。さあ、早く邪魔が来る前に」
「魔法でしょうか、手でしょうか、それとも剣でしょうか? あなたのお好きなほうをお選びください」
「あなたの魔法で」
ほほ笑みながら私を見つめている。
「さらばです。私のレディ・ローズ」
炎の剣を創生する。いとし子を眺めるように彼と私は見つめあう。
「ええ、さようなら。私の初恋の人」
思いを断ち切るように、彼の騎士の首元に向け私は剣を振り下ろした。




