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「ごきげんよう、アルバート・ブライトマン卿」
高鳴る鼓動に、対界防御壁を越えながらほほ笑む。
クレージュ帝国とコリスカ公国の軍勢の間にある、五百メートルほどの空白の場所。クレージュ帝国の国境から五十メートルほど離れているコリスカの軍と、確実にクレージュ帝国の敷地に入れてから「侵略された」という理由を作ってから戦争をしようとしているクレージュ帝国。
そんな思惑の間が私と彼の騎士の逢瀬の場所となった。
私一人だけ対界防御壁の中から出て、彼の騎士とクレージュ領内で対峙する。
怪我は治しきったようで、相変わらず笑みを浮かべている。
「ごきげんよう、ヴィトン卿」
息をするたびに、肺が凍り付くような寒さ。吐くたびに白くなる吐息。いつからここは極寒の冬になったのだろう、と思いながらふわりと魔力の出力を上げ、彼の騎士の目元ぐらいまでの高さに上がる。
少し魔力のコストパフォーマンスは悪いが、力のない魔法師は簡単に勘違いをして畏怖を抱いてくれる魔法だ。炎の上昇気流と私の足を起点にした対界防御壁の合わせ技。
「投降をお願い申し上げる」
「お断りします。ここに来た時点でわかっていたのでしょう?」
「……ええ、まあ」
言いずらそうに、そして悲しそうに目を伏せた後に彼の騎士は私を見つめた。
「抵抗するものは殺戮を許可する。攻撃開始」
上げた手を下し、私たちは距離をとってから魔法陣を発動させる。
対界防御壁を壊そうとしている魔法は全部無視をしてほほ笑む。
「火龍創生魔法、スルト」
ヴィトン家が帝下四族である理由。
空中に巨大な魔法陣を生成する。生成するだけで、禍々しいオーラがあふれ出てきて、熱気があふれている。
そして、スルトは姿を現す。山ほど大きいと錯覚してしまうほどに大きな体躯。口から火を噴きながら、不機嫌そうに周りを見る。
「敵はあれよ」
炎を交えながら指示を出す。この魔法の難点と言えば、命令や操りができないこと。だから、プリチェットに対界防御壁を生成させている。
炎を見た次の瞬間、地を揺らすほどの咆哮を上げ、炎を吐きながらスルトは進んでいく。
スルトが向かっていったのを見届けてから地面に降りる。
「はあ……」
疲れた。いくら準備をしていていても、これほどの大規模魔法は十年に一度使うかどうかだ。
びたん、と振り回されるスルトの巨大な尾がプリチェット卿の対界防御壁に当たり立ったの一撃で蜘蛛の巣のようなひび割れが入る。破壊されっぱなしのコリスカの防御壁を見ていると、事前準備があったからともいえるが破壊されなかっただけで、流石円卓の騎士と言える。すぐに修復魔法が展開され、傷一つない状態がゆっくりと再現されていく。
彼の騎士は、彼の騎士たちが思いつく限りの魔法で相手をしているけれど氷魔法や水魔法じゃあの子には届かない。巨大な足で彼の軍勢を蹂躙していき、吐く炎で魔法の使えない軍人たちを燃やしていく。
氷結魔法であの子を凍らせても、あの子は原初の炎が生んだ龍。消すことはできない。
高みの見物を決めていると、アルバートは私をちらりと見てから珍しく詠唱をしながら魔法陣を作った。
「氷で届かないのならば、私のローズ。あなたを真似させていただこう」
「構いませんよ、ねじ伏せましょう」
見事なまでの氷結魔法を見た後では、拙いと感じてしまう火炎魔法。スルトに指示を出せるのは炎だけ。そして、その命を刈り取れるのはまた、炎だけ。
スルトの頬をかすった彼の騎士の炎。すると、方向を変え私と対峙することになる。自軍からは悲鳴が上がる。
彼の部隊、強いてはコリスカ兵から歓声が上がる。きっと、彼の国からしたらこれで勝てると思っているのだろう。きっと、それで終われば美談だろう。
「しつけのなっていない子は嫌いです」
――火炎魔法、聖者の剣とスルトの中に巨大な剣を発生させ、その命を奪う。
スルトの体内から炎の大剣が体を破りながら出てくる。大量の鮮血が噴き出て、びしゃびしゃと雨のように降り注ぐ。スルトの鮮血は生ぬるいを超えて熱湯に近いことを知っているので簡単な障壁を発生させて防御する。
「まさか……」
ハラハラと魔力の欠片となってスルトを一瞥もすることなく笑って見せる。アルバート・ブライトマン卿は熱湯に近い血液を浴びてもなんてこともないような様子である。そして、血液を垂れ流しているのにその容姿は陰ることはない。
「ヴィトン家は、火から生命を生み、その生命を殺すことのできる家なのですよ。雪月の騎士」
アルバート・ブライトマンの驚愕と畏怖の瞳。
「戦場での注目、すべて奪って魅せましょう」
ふわりと風が吹く。そして、それに乗って流れてくる膨大な魔力にほほ笑む。
また宙に浮きあがり、魔法を展開させる。
「――火炎魔法、火災旋風。終わらせましょう、アルバート・ブライトマン卿」
満身創痍気味の雪月の騎士。軍勢はスルトのせいで半壊、笑ってしまう。
小さな炎の竜巻を、アルバート・ブライトマンは気にした様子がなくむしろその小ささに驚いたようだった。
そして一気に距離を詰めてきて対応することなく押し倒される。
「終わりです。私のローズ」
はぁ、はぁと息を上げながら剣を首に押し付けながら馬乗りになっている。彼の騎士は私が身体強化が苦手なことが知っているようで、本気で抑え込んでいるようではない。この程度で抑えられると知っているようだ。
明日はお休みします。




