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令嬢当主は今日も頭を抱えている  作者: 夢崎飽和
学園編
31/44

25

 日も暮れる目前の夕方、アプト軍事基地前につくと、事前にルカスから指示が飛んでいたのか驚いた様子もなく中に迎えられる。

 そして、応接室に通された。フロイトは当然かのように私の後ろに立ち、私はソファーに座り込む。


「お疲れですか? ヴィトン卿……」

「……えぇ、こんな長距離移動したのは初めてだから……。情けないところを見せてごめんなさいね」

「いいえ、こんな距離は士官学校の一年生ならまず敢行できません。二年生ならぼちぼち、といったところです。ヴィトン卿、やはりあなたは優れている」

「褒めても何も出ないわ」

「そういう意味で言ったわけではありません」


 ふふふ、と互いに笑っているとドアがノックされ返事をすると軍服の男達が入ってくる。老齢の男と、副官のような若めの男。


「ご健在で何よりです、ヴィトン卿」

「ダウン卿、お忙しいところにすみません。火種を作ってしまったわ」


 ふふふ、と笑うとダウン卿は私の向かい側に座る。若めの男はフロイトと同じようにダウン卿の後ろに立っている。

 老齢の男、フェンシル・ダウンはエンワイズ領の辺境伯である。大抵はアプト軍事基地ではなくもうちょっと離れたグランヴェルグの街に構えたエンワイズ中央軍事基地にいるはず。


「覚えていてくださり、ありがとうございます。大きくなられましたな」


 懐かしむような慈悲深い瞳。あたたかすぎで居心地が悪い。


「最後にあったのはいつでしたかしら……忘れてしまうほど遠い昔です。ところで、現状は?」

「芳しくない、のは私がここにいる時点でお気づきでしょう。元々、動きも諜報もございました。活発になったのはここ最近です。すでに、国境付近にノーマルな約三万の軍勢と、魔法大隊が二つほど。こちらは約一万五千の軍勢と魔法大隊が一つ」

「あらあら、まあまあ……」


 口元に手を当ててほほ笑む。それはもう戦争が近いみたい。

 魔法大隊は分隊は五名、小隊は十五名、中隊三十名、大隊六十名となっている。魔法が使えない者、魔法騎士として認められたかったものがノーマルと言うくくりである。


「要求は?」

「一、麗帝国との外交を止めること。二、恒久なるコリスカ公国との同盟です。簡単に言ってしまえば」

「陛下はなんと?」

「“お前に指図されるいわれはない”と、笑顔で」


 戦争をしろ、とのご命令。まあ、直接言われていたしわかりきっていたけれど。


「……ヴィトン卿、火種はもともとあったのでしょう。しかし、燃え上がらせたのはあなたです」

「ヴィルス! 黙れ!」


 若めの将校、ヴィルスと呼ばれた者は私を睨んでいる。ダウン辺境伯は部下の愚行に驚いたように立ち上がり怒鳴っている。フロイトは一瞬動き出しそうな怒った気配がしたが、すぐに抑え込んだようだ。


「そちらの方は? ああ、ダウン辺境伯、紹介します。こちら、クレージュ士官学校三年のフロイトと言います」


 ぺこりとフロイトは頭を下げたが何も言わない。


「すまない、ヴィトン卿。こちらは私の副官ヨルズ・ヴィルスと言う」


 相手も頭を少し下げただけで何も言わない。


「ヴィルス? 聞いたことがないけれど……まあ、いいです。私が燃え上がらせた。重々承知です」


 いけない。お前のような貴族は知らないぞ、とマウントを取ってしまった。ヴィルスは気分を害したように顔を歪め、睨んでくる。なんだか久方ぶりに敵意に晒されてるように感じる。これぐらいが心地いい。家のようで気が楽。

 それに彼の言っていることは正しい。私がだらだらと婚約者を決めなかったのが悪い。


「だから、直々に叩き潰しに来たのです。コリスカの傲慢を」


 あの雪月の騎士を殺す。

 それができればきっと過去の出来事も、あの時抱いた感情もすべて精算できる。きっと弱かった昔の自分と決別できる。


「失礼ですが、貴族間では過去最弱と言われているあなたが?」

「やって見なければわからないでしょう?」


 にっこりとほほ笑み返せばダウン辺境伯が「軍服を取ってこい!」と叫ぶようにヴィルスに命令をする。ヴィルスは「ハッ」と短く答えてから部屋を出ていく。


「謝罪は結構です。事実ですから」


 ダウン辺境伯の行動の前に言えば、驚いたように目を見開いていた。


「私が婚約者を決めていなかったのも、私が過去最弱と言われているのもすべてひっくるめて、戦火の原因です」

「そ、そんなことはありません! ヴィトン卿! あなたはしっかりやられている! あなたは私の孫以上に幼いのに必死に! 私と同じ仕事の責任を! いや、それ以上の責任を果たされている!」


 ダウン辺境伯が隠す様子もなくボロボロと涙を流す。それに驚いたのは自分自身だ。そんなことを言われると思ってはいなかった。


「過去最弱!? 確かに演練で火力を落としたものは使われていました! でも、それはヴィトン家が得意とする人里離れた場所ではなかった!」

「ダウン辺境伯……」


 落ち着いて、と声を出しても興奮しきった彼には届かない。


「帝下四族は! 血族は! この国の宝です!!」

「はい、知っておりますとも」


 こてん、と首を傾げればドアがノックされる。ダウン辺境伯の声に負けないぐらいの声で返事をするとヴィルスが入ってくる。そして、ダウン辺境伯と私の間にあるローテーブルに軍服を二つ並べる。


「こちらがヴィトン卿の軍服です。後ろの彼のはサイズが合わなければ声をかけてください」

「わかりました」


 ヴィルスが淡々とダウン辺境伯の声を遮るようにしゃべる。


「部屋はご案内いたします」

「ありがとうございます」


 ダウン辺境伯は何かヴィルスが余計なことをしゃべらないか注視している。


「返答猶予時間は?」

「四十八時間、明日の正午です」

「そうですか。わかりました。配置の時間は?」

「二時間前です」

「わかりました。一時間前に参ります」

「お疲れでしょうから、どうぞお部屋にご案内いたします」


 ヴィルスが遮るように言い、ダウン辺境伯が立ち上がる。


「私が案内しましょう」


 これ以上失態はさせてたまるか、と言うような雰囲気を出していて特に意を唱えることもなく私は彼の人についていく。

 フロイトも黙って私の後ろをついてきて、ダウン辺境伯が止まった部屋の前一人の兵士。深く礼をしていて顔は見えない。フロイトは部屋の中には入っては来なかった。


「食事は持ってまいります。お疲れでしょうから、どうぞお休みください」


 軍事基地にしては贅を尽くされた部屋。広くはないけれど、狭くもないが一人部屋。ふかふかの趣向を凝らされたベットに、もふもふとした赤いカーペット。シャワーにトイレ付。


「はい、ありがとうございます」

「外の青年はお近くの部屋でよろしいでしょうか?」

「すべてお任せいたします」

「何かございましたら、外の者に。もう少ししましたら、二名になります」

「わかりました。ありがとうございます」

「では、これで失礼します」


 敬礼をしてから「フロイト、君はこちらだ」と案内され始める。


「ああ、フロイト」


 と、ダウン辺境伯についていこうとしているフロイトを呼び止める。


「明日、朝食が終わりましたら、私の部屋に。護衛をまたお願いしますね」

「はッ!」


 きれいな敬礼に微笑みを向ける。これである程度の自由と、どうすればいいか彼はわかるだろう。ここでも「ヴィトンの護衛」としての認識が広まり、何でいるのか不思議そうな表情で見られるよりましだろう。


「では、ごきげんよう」


 ぱたりとドアを閉めた。

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