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令嬢当主は今日も頭を抱えている  作者: 夢崎飽和
学園編
22/44

20

 散々に絞られたルシアンが離れがたいと叫びながら、ルシアンの先輩に引っ張られていく。


 そう、今日はクレージュ士官学校の遠征だ。遠征の見送りという名の競争のスタートを見守っている。

 ルシアン以外にも意中の令嬢、子息に各々挨拶や会話をしている。私はルシアンが引っ張り剥がされた後はじっと全体を眺めている。ユルフェを呼び寄せてから二日経った。二日もと、いうのか二日しかと言うのか人によって変わるだろう。私にとっては二日しか経っていないが、麗凱紀側としたら二日も経ってしまったと思うだろう。


 ごたごたと揉めているのだろうか、もう一度の交渉に備えてどこまで譲る気で話しているのかは定かではない。


「ヴィトン卿」

「……なんでしょう、麗凱紀様」


 斜め後ろに立った麗凱紀に視線を向けぬまま口を開く。声の位置からかなりの近くにいると思うが、麗凱紀は不快に思っているかはよくわからない。声の様子や雰囲気からしてピクリとも動かなかった。


「ルシアン・ヴィトンと結婚すると言い出すのならば、暴露しても構わないというこちらの姿勢だけ理解していただきたい」


 雑踏にまみれてこの声は誰にも届いていないだろう。


「私の大切にしているあの子の秘密をばらして、私を追い詰める気ですか?」


 後ろに下がり、もたれかかる様にたくましい胸板に体重をかけて初めて触れ合う。

 触れ合った場所から相手の魔力量を計測する。

 魔力的には悪くないが、一生をかけてこの国の師団長になれるかどうかだ。流れも悪くない。全体的に悪くないが特別良くもない。だから、この人を強く推す理由足りえない。


「そういうつもりではない。戦略的に、そういう手を取ると貴殿に伝えておきたく」

「……それでも、私は他国の人間であるあなたの手は取りません。国やヴィトン家に利がありませんから」


 きっと、ルシアンが叔父であるアルマティア・ヴィトンの血を引いていないことを調べたのだろう。アルマティア・ヴィトンは子を作れない体質であるが故にヒネマ伯爵家ごときと結婚したのだ。


 法で制定された帝下四族法を犯している。『何人も帝下四族の血族以外はエンワイズ、グロリア、サディ、ヴィトンを名乗ってはならない』という現行法を犯しているのだから、成りあがり貴族から糾弾されるに決まっている。今でさえそんな若くてと、バカにされているのだからきっと帝下四族であることさえも疑われてしまう。


「……そうか」

「けれど、暴露したら私はヴィトン家の人間ではなくなるかもしれません」

「ああ」

「それでも、と言うのなら止めませんし、あの結納金をヴィトン家に残してくれるのならばあなたが望むように動きましょう。従軍、魔法師教育、何でも致しましょう」

「捨てた家に残すものがあるのか?」

「それが私の人生でした」

「そうか……それは、お前が一人背負うにはひたすらに重かったな」


 そっと宥めるように彼の人が私の腰に手を添える。拒絶も何もできずにそれをただ受け入れる。


 静かに目を閉じて身を任せるように体重をかける。

 私の身の回りの人は、私にヴィトン家と言うのは継ぐのが早すぎたとか、重いということは知っていた。知っていて、共にヴィトン家を支えていこうという人や、ヴィトン家を奪おうという人しかいなかった。


 ただただ、重いということを受け入れてくれた人なんていなかった。


「ええ、そうですね。きっとこんなことを口走ってしまうほどには私には荷が重かったのでしょう」

「――ヴィトン卿!!」


 焦ったように声を荒げるアルフレット。私は目を開けて彼を確認する。その表情は驚愕と焦りに溢れていて、少しだけ意外に思ってしまった。アルフレットはいつも余裕を持っていたのに珍しい。


 アルフレットが声を荒げた原因を探すように周囲は周りを見て、私と麗凱紀を見る。

 麗凱紀はスッと私を抱き上げて、私は驚いて「きゃっ」と小さく悲鳴を上げた。たくましいあの腕から落ちるわけでもないのにぎゅっと衣服にしがみつく。


「ヴィトン卿は体調が優れないようだ」

「良い、頼り木でした」


 ぽんぽん、と麗凱紀の胸を叩くと周りは一同驚いたようだった。しかし、アルフレットだけは別で怒り狂ったような眼をしている。

 帝下四族として、相応しくない行動だと咎めたいのだろう。


「……ならば、俺が医務室までお連れしよう」


 寄こせと言うように、アルフレットが私に向かって手を伸ばす。


 行くか? と言うように軽くアルフレットのほうへと差し出す仕草をする。けれど、私は怒られるのが目に見えているのできゅっと麗凱紀の服を掴む。

 驚いたように麗凱紀は私を抱えなおし、アルフレットに声をかけることもなくクレージュ魔法学校のほうの医務室に向かって歩く。


「……貴殿が、恋情で動くほど軽い人間じゃないと理解している」


 人がいない廊下でぽつりとつぶやかれた一言にほほ笑む。


「ご理解いただけて何より」

「次に提示する条件が、こちらとしての最大限であることを理解してほしい」

「わかりました」

「貴殿の能力は高い、ということは理解しているが最大がわからないゆえの条件だと察してほしい」

「実戦経験はございませんからね」


 仕方のないことです、と目を閉じる。


「だが、我が父が貴殿のご両親に命を救われた。故にどうしようもない、死んでもいい父ではあったが俺ができる限りの物を差し上げよう」

「……」

「あの条件とは別に、俺の下賜された領地を献上する。今差し上げることができないとこを国の外聞もある故に、どうか理解してくれ」

「別に、欲しくありません」


 ぷい、と顔を背けると困ったように肩を竦められた。


「金ならば、楽なのだが貴殿が言うように、ひと時の利しか差し上げられない。これでも考えたのだが……」

「別に終わったことです。私の陛下からたくさんの恩恵もいただけましたし」


 そのおかげで私は大人にならざる負えなかった。陛下から直々に当主に指名された。領政に関わることになった。あのごたごたで婚約者は居なくなった。

 けれど、自由に動かせるものが増えてしまった。


「金銀財宝も貴殿はあまり興味はないのだろう?」

「そうですね。平和が欲しいです」

「ならば世界統一し、平和になってくれたら貴殿は喜んでくれるか?」

「名実ともにクレージュ帝国が残っているのなら」


 なるほど、と言うように麗凱紀は何かを考え始める。あまり変わらないあの表情と雰囲気からは私は何も感じ取ることができない。

 抱えなおすように少し腕の位置を動かされ、医務室のドアを開ける。医務室の看護師は私と麗凱紀を見てからすぐに、空いている中で一番良いベッドまで案内する。


「――それならば、容易い」


 ギラギラと今まで見た中で一番の覇気が感じられる瞳だ。


「待っていてはくれるか?」

「いいえ、待ちませんよ」

「……それは困った」

「困りましたね。私という条件が崩れてしまいますもんね」


 ふふふ、と笑うと麗凱紀はまた何を考えているかわからない表情になった。


「私は待ちません。あなたも私に惚れていない。恩に報いようなど御託は結構です。結局は、結婚という名の平和的な同盟を結びたいのでしょう? 戦争という手ではなく」


 医務室のベッドに私を下ろし、麗凱紀は私の視線に合わせるように膝をつく。ふかふかのベッド。愚かしくも医務室のベッドでさえも出身階級ごとに使えるものが決まっている。私が案内されたのは一番良いものだった。まあ、医務室に誰もいないから当然か。


「ああ。だから、貴殿がいくら愛人を作ろうが俺は何も文句は言わんし、ただ貴殿に流れる血が欲しい」

「知っているのでしょう? 私が抜ければヴィトン家は終わるということを」


 私以外に子をなせるヴィトンの血族がいない。ヴィトン家の血は潰えてしまう。


「あなたが、こちらに来るというのなら別ですが」

「それはできない相談だ」

「これで交渉は決裂。終わりです」


 ニコリと笑えば麗凱紀は口をゆっくりと開いた。


「貴殿が選んだ子を、ヴィトン家に戻して構わんと言ってもか?」

「……それでも、後々問題が山積みになるだけです。お断りします」


 他国の王家の血筋の人間を戻すなんて、頭の悪いことすると思うか? 小心者の私なら全力で断るし、成り上がり貴族は喜ぶだろうが普通の古い貴族ならばいい顔はしない。お家争い、継承権争いに暗殺謀略。ごたごたを引き込みたいなんて思わない。


「……そうか、どうにか貴殿の気持ちを変えねば」

「あなたが結婚、ということに拘らねば、私からサディ卿に紹介いたしましょう。サディ卿の末娘は確かあなたの末の弟と同い年だったはずです」

「……」


 無表情ながら不満そうな雰囲気を醸し出している。器用な人だなと思いながら少し笑ってしまう。


「……最終交渉が決裂したら、お願いしよう」

「はい。かしこまりました」


 立ち上がり彼は医務室を出ていく。代わりに私はベッドに横たわり目を閉じる。

 ヴォルフラムは頼んだ情報がやっとそろったと言うことで、それを取りに行かせている。


 すとんと、意識が落ちていく。遠くでぱーぱらーと出立の音楽が流れているが、どんどん遠のいていく。眠くはないはずなのに、どうやら思っているより疲れているみたいだ。

 サボってしまおう。寝てしまおうと意識を少しずつ手放した。

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