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昼食を終え、まっすぐ寮へと戻る。多少の面倒も乗り越えてしまうほどの面倒ごとだ。
「ヴォルフラム、見張りを」
返事を待たぬまま、自室へとへ入り込む。自分でも防音、防諜、妨害魔法を惜しげもなく何十にも厳重にかける。軍でも最高機密をやり取りする際に使われる魔法だ。
ある特定の人物が持つ魔力へとつながる様に魔法だ。魔法陣には相手が写る様にできるものがあるがお互いが了承しなければ、両方とも声のみとなる。今回は急だったためにこちらからは、了承の魔法を使っている。不特定多数に伝わる様にするよりも高度で難しい。
『誰だ』
つながったことを証明するように声がして、不信感をあらわにしているようだ。彼の人の声の向こうからは鍛錬の声が聞こえる。
「ユルフェ卿、私です。ローズモンド・ヴィトンです」
『は!? え? え?』
映像がつながり、半透明の四角い画面の中では慌てた様子のユルフェとその後ろでは待機している彼の部下。映像がつながった瞬間に驚いたように一瞬にしてこちらを向く。
「……お忙しいところ恐縮ですが、お願いがございまして」
『自分にできることでしたら何なりと』
跪いた彼に合わせるように彼の部下も跪く。胸の前で手を合わせ神に祈る様に愁傷な様子を作る。今はなりふり構ってはいられない。
「あなたを借りたいの、ユルフェ卿。クレージュ魔法学校にきて。私だけじゃ対処が難しいの」
可憐で、か弱く、彼が望む一人残された苦難の道を歩むヴィトン家の若き令嬢当主。
そんなことを演じなければ動かせないなんて、なんて惨めで、悲しいのでしょう。ほろりと涙があふれる。頬を伝ういくつもの涙に、ユルフェが目を見開いた。
「陛下には私から伝えておくから、お願い」
『お任せを』
短く答えられてから、一方的に映像が切られる。少しだけ遠くで指示する声がする。少し待った後にまた近くで声がする。
『軍ではなく、個人がご所望ですか?』
「ええ……そうなのだけれど、ご都合は?」
『大丈夫です』
「ありがとう、ユルフェ卿。では私は陛下に話しをつけるから、よろしくね」
『承知しました』
ぷつ、と切られてから私は陛下への直通の魔法を使う。使ってすぐに対応があり、最初から映像がつながっている。
月の光のような銀髪。柔らかく優雅に彼の王はほほ笑んでいる。イーズ様よりも大人びて、アダルトな様子が座り姿だけでもあふれ出ている。
『どうした? もう領地に帰りたいか? 私のローズ』
「いいえ、私の陛下。どうか、ユルフェを私に貸してください」
『婚約でも申し込まれた?』
くすくすと楽しそうに笑いながら小首をかしげる。
『ルシアンは弱いからユルフェを引っ張り出したい?』
それとも、とつなげる。
『ユルフェに彼の征服王を暗殺させるか? この厳重な通信魔法を使っているなら』
あっはっは、と楽しそうに笑いながら私を観察している。
「……その慧眼には、恐れ入ります」
『ユルフェには大きな仕事を振るなと命令していたからいいよ。貸してあげよう』
「ありがとうございます」
『荷の重そうなお前に私からプレゼントをあげよう』
にやにやと楽しそうな陛下。嫌な予感しかしない。あの笑顔を見たとき、私はヴィトン家当主になった。ヴィトン家当主として仕事をした。円卓の騎士の前で恐れ多くも陛下の膝の上に乗せられてただただ愛でられながら会議をした。
「……なんでしょう?」
『サディをおまけにつけてあげよう。サディをうまく使え。指示権はお前が上だと言っておいた』
崩れ落ちるように座り込めばあっはっは! と最高に楽しそうに笑う。
サディ。ニコラス・サディ卿はサディ領当主。貴族らしくない帝下四族が一人。陛下以上に私をからかいにからかう人。
「なんてことを……」
『相変わらずの仲だな。ふふ、私のローズ。ずっと私の手元にいておくれ』
「……何を当たり前なことを……陛下こそ、みんなこそ私を置いていくでしょう」
『そうだな、私の薔薇姫。みんなお前を置いていった』
優し気にほほ笑まれる。きっと何かを思い出しているのだろう。
そして少し黙ったままの間をごまかすように顔にかかった髪を気だるげに払う。
『そしてきっとお前も何かを置いていく。……まあ、お前が望むように動いていい。私はお前を信じてる』
「はい、陛下。私は国のために生きます」
そう言えばにこりと穏やかにほほ笑まれ『また、連絡してきてくれ』と、言い通信をきられた。
私は国のために生きている。国のために存在している。ヴィトン家として国のために生きているのだ。その為の恥ならばいくらでも飲み込もう。
例え、指差して笑われようと、罵られようと、殺されようとも。




