18
「ヴィトン卿は料理をしたことがあるのか?」
「ないので頑張ります。楽しみです」
笑顔が零れる。アルフレットもおかしそうに笑っている。
「例年令嬢だけのグループはあまり美味しくがないから、庶民を入れておけよ」
「そうなの?」
「ああ、皆笑顔と紅茶で流し込んでいる」
「まあ」
笑ってしまう。気を付けなければ自分もやってしまいそうだが、きっとヴォルフラムが無言で制止に入るか何た言いたげに視線を動かしてくれるだろう。
「上手くやらないとですね」
「ヴィトン卿は、料理などに興味がおありか?」
気だるげに彼のほうを向くと不思議そうな顔をしている麗凱紀。鍛え抜かれたその体はイーズ様が横に座っている故か、最初の印象よりも威圧的に感じる。横のイーズ様は余計に線が細く見え、健康体そのものなのに病弱そうにさえ見える。
「はい、要領が悪く普通の令嬢の嗜みは行ってこなかったもので」
ふーん、とそれ以降は興味が無さそうに口を閉ざす。顔は麗の人間ののっぺりとした顔と言うレッテルを剥がすほどに目鼻立ちはしっかりしている。机の上に無造作に置かれている腕は太く、傷の跡がいくつもある。またイーズ様の腕が女性のように細く思えてしまう。
自分から話しを振ってきたのに、なんなんだこの男。
「ヴィトン卿、嫌われているのは承知で取引をしていただきたいことがある」
「……なんでしょう? 普通は領地に通してからでは?」
「非常識は承知の上でこちらに来ている」
「では領地に通してからやり直してください」
「ローズモンド、まあそう形式に囚われずとも……クレージュ学園は自由な校風が魅力だろう?」
楽し気に飲み物を傾けながら笑うイーズ様。
「……」
「……ヴィトン卿」
伺うように麗凱紀が口を開く。どうぞ、と言うように手で促す。
「我が麗帝国は、我が国と一番近いヴィトン家との確固たるつながりが欲しく。ローズモンド・ヴィトン卿。私と結婚してはくれないか」
一気にざわつく周囲に、イーズ様もアルフレット、ルシアンも特に驚いた様子はない。まあ、想定内ではある。
胸の前で指を絡み合わせてほほ笑む。
「結婚したら、貴殿は私に何をくれるのですか? 書面にて控えてあるのでしょう、出しなさい」
麗凱紀は従者に向かって手を伸ばす。そして、書面が目の前に出されるが軽く目を通してみてもこれは「なめている」。
「貴殿が結婚してくれればクレージュ帝国は麗帝国の属国としての関係でもなく、和平関係を結び対等な同盟関係として初めての条件を提示する。持参金はいらぬ。逆に結納金はそこに提示してある金額。納得いかなければ三倍までは出せる。こちらに来てくれれば何不自由させない。宝石や衣服、望むのならば舞踏会を開かせよう」
「それで?」
「従軍しろと言わぬ。自律心の高い貴殿に自粛をしろと、我慢をしろときっと言わぬだろう。俺の唯一の花になってくれ」
組んだ腕は机に肘をつき寛ぐ。手を組み指同士を絡めてほほ笑む。
熱心に私を見つめる彼の人。周りは私の返答を待っているように静まり返っている。
ああ、なんてなめられているんだろう。“和平”“同盟”なんて耳障りのいい言葉でしょうね。きっと普通の令嬢なら喜んで国のためだとか、王族に名を連ねられることに飛びつくでしょう。結納金だって破格の金額が書かれているが、その三倍は農業大国で軍事費にそう費やしていないユング帝国の軍事費に近い金額だ。国家予算が動いていることは明白だろう。麗帝国は帝下四族の、ヴィトン家の火力を欲しているに違いない。
思わず笑ってしまう。金で帝下四族の当主が買えるとでも?
「前提として、見解の相違が無いようにお聞きしますが、取引とは互いに利が出るように行うものですよね?」
「いかにも」
「そうですか。まず、結納金持参金について。認めましょう。まあ、出直せとは言わない金額です」
麗凱紀の表情は変わらず、後ろの従者がホッとしたように息をついている。
「次に和平、同盟なんて響きがきれいなんでしょう? 普通の令嬢ならば飛びつくでしょう。とても素敵です。素晴らしいですよ。しかし私はヴィトン家当主、帝下四族が一人、円卓の騎士が一人、帝国が一の火力と言われる我が力。簡単に他国に流出させるわけないでしょう」
にっこりと笑う。麗凱紀も心底楽しそうに笑う。彼の従者は苦虫をつぶしたかのように若干表情を崩す。
アルフレットやイーズ様は当たり前だろうと言うようにもう興味が無いようだ。
「私と言う存在が抜けるヴィトン家に一時の金と言う利しかない机上の空論は楽しかったですか? さあ、これは否定されるとご存じだったのでしょう。一週間後にならばまた見てあげましょう。せめてまともなものを寄こしてくださいね」
しーんと静まりかえり、ただ一人麗凱紀は楽しそうだが悪人面で笑っていた。
「貴殿が思った以上に利口で俺はとても貴殿に惹かれた」
「お褒めに預かり光栄です」
ヴォルフラムが食事を運んできて、ほかの従者たちもそれを待っていたかのように私たちの前に食事を並べる。
「けれど、私は思った以上に他国にも見下されてるようで不快です」
食事は日替わりメニューではなく、私の好物ばかりが乗ったプレートだった。それをパクパクと口に運ぶ。
「それは謝ろう。まあ、交渉の一段落目の探りで国からは最小限に抑えろと一応言われている。我が国へのポーズだな。わかりやすく指摘してくれて感謝している」
「想定内でしょう」
「ヴィトン卿は俺が嫌いなようだ」
「好かれる要素がどこに?」
「ないな」
カラカラと笑った彼に視線を背ける。
「まどろっこしいことは嫌いです。一週間後、麗帝国が出せる最大の条件を提示しなさい。無理なのなら私からの陛下への取り次ぎさえしません。ご自分たちで我が陛下にお伺いを立てて時間のかかる審議を待ちなさい」
「ああ、わかった。忠告感謝する」
「その物分かりの良さは好きですよ」
そう言えば彼は驚いたように目を見開いた後、わずかに目元をゆるめていた。




