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令嬢当主は今日も頭を抱えている  作者: 夢崎飽和
学園編
2/44

02

 少し驚いた後、寂しそうに顔を歪めたアルフレット。そして仕方なさそうに笑いながら口を開いた。


「それで、君はいつ当主権限であの害虫二人を除名するんだ?」

「叔母様もルシアンも害虫ではございませんし、除名する気はございません」

「私は誰を、といった気はないが君はそう思っていたのか」


 引っかけやがった、この男。ずっと私に触れている手をそっと離させれば、ぐっと腕を掴まれる。


「早く捨ててしまえ、あんな無駄で邪魔なものなど」


 ぐいっとそのまま抱き寄せるように引っ張られてその胸に飛び込んでしまう。しっかりと抱き留められてそのまま耳に口を寄せられる。


「……何なら私が手回ししよう」


 ちゅっと耳にキスをされる。


 ああ、これはまずい。本当に逃げなければまずい事だと警鐘がガンガン鳴る。けれど、どれだけ力を込めてその腕から逃げようとしても、魔法で身体強化を使って無理やり抜け出そうとしてもその上をいく無駄のない力と魔法で抑え込まれてしまう。


「何のことかわかりませんが、離してください! グロリア卿!」


 ああ、これを誰かに見られたら私の学校生活もすべて終わる。婚約者を奪う最低な奴っていう本当にどうしようもないレッテルが張られてしまう。

 私のせいで危ういヴィトン家の地位が落ちる。居場所がなくなってしまう。


「ルシアンの入学式のことをごまかしてやろう。このまま私の制服を開けさせて首筋に痕を付けなさい。見えないところに」

「あぁ……! わかりません、わかりません! 許してください、何をすればいいかわかりません……!」


 それにこんな人に見つかりやすいところ、本当に制服を開けさせて何をさせる気だ。痕? あととは何なんだ。


「閨房術はまだ習っていないのか?」


 嫌らしいことをさせようとしているのか、こいつ。


「ええ、ええ! 習っておりませんとも! 当主の仕事を覚えるだけで精いっぱいなのです」


 涙が出てきた。どれだけあがいてもこの腕の中からは出られないし、私は無力だと痛感させられるし、誰かに見られたらすべてが終わる。


「なら後ろを向きなさい。逃げなければルシアンの尻拭いはしてあげよう」


 少し緩められた腕に仕方なしに後ろを向く。背中をアルフレットに向けることがすごく恐ろし事に思えてしまって、手が震える。


「グロリ……っ!」


 いきなりバサッと頭から彼の左肩しかかかっていないマント、ユサールの中に入れられる。左腕は私の腰から離れないし、右手は彼の名前を呼んだ時口の中に突っ込まれた。二本の指が口いっぱいに広がって、唾液が彼の白い手袋に持っていかれる。


「アルフレット、持ち場を離れて逢引か」


 呆れたような声は咎めているようではなくて、からかっているようだ。


「ああ、婚約者ではない許されない仲だ。黙っていてくれると助かるんだが……」


 軽く認識阻害を使っておけ、とささやかれる。余裕そうなこの性悪男は私の口の中に入った指でムニムニと舌を弄ぶ。もう泣きだして誰だか知らない彼に泣きついてこの男の評判を下げてもらうか。だいぶムカついてはいるが言われた通りに認識阻害を使う。

 パキッと何かが割れる音がして、アルフレットが警戒をあらわにする。ご学友の時とは違い気が付かなかったからのようだ。


「誰だ!」


 私の腰に回った腕が苦しいぐらいに締められる。苦しい、と訴えるように指を軽く噛んでもなんとも無いようで何も変わらない。


「出てこい」


 ご学友の警戒した声が聞こえる。

 がさがさと音がして出てきたようで、その姿を彼は見たのか腕が緩む。


「あ、あのっ、盗み聞きしてたわけじゃなくて……道に迷って」


 女の子の声に背筋が凍る。グロリア家の人間が婚約者以外の女、しかも制服で女生徒とわかっているだろう人間と逢引していたなんて噂が回ったら! しかも、その相手が私だなんてばれた暁には人生というよりもヴィトン家そのものが終わった。

 もう涙がボロボロ溢れてきてみっともなく嗚咽を上げてしまいそうになる。


「なら私が案内しましょう。学年は?」

「一年生のリズ・ワイナーです。ホームルームが終わって、私図書室に行こうとして……」

「わかりました。アルフレット、貸し一だ」

「わかった、よろしく頼む」


 がさがさと移動していく音がして、どんどん遠ざかる。音が消えたぐらいに彼を振り払って、整いまくった顔面に平手打ちをかましてやる。衝撃で眼鏡が飛んだが、気にしていられない。


「大嫌いよ! 本当に! ばれたらどう責任を取ってくれたの! どうせあなたは何もしないで私に全部の責任を押し付けるんでしょう! 大嫌い!」

「すまない、女生徒が来るとは思っていなかった」


 申し訳なさそうな顔はしているが頭は下げない。どうせ楽しんでいるんだ。いつもこの男は人前ではいい顔しながら私を馬鹿にして、二人きりになると何かと理由をつけていじめたおす。士官学校に入ってから2年ほどは会っていなかったけれども、久し振りにあったら一段とひどくなった。

 距離を取りながらリズ・ワイナーたちとは逆の方向に走り出す。


 校舎にはまだ人がいるだろうし、図書館にはリズ・ワイナーがいるはずだ。寮に泣きながら戻ったなんて噂が立てばあらぬことが想像されてしまう。

 人がいないほうを直感で探しながら進んでいくと、温室にたどり着いた。敷地内でもだいぶ奥まったところだ。涙を拭き、こんなところあったのかと思いながら人がいなさそうなので中に入ってみる。思ったよりも大きい。人がいないのが不思議だ。


 ふんわりと香る花の匂い。あたたかい温室内を見て回る。一番多いのは色とりどりでいろいろな品種の薔薇。傍には品種名が書かれた立札がある。


 ……とてもきれい。うちの小さな温室でも作れるかしら。


 温室の奥には小さなガゼボがあり、白い薔薇が絡みついていてとてもメルヘンティックだ。普通の貴族が持っているガゼボの中はテーブルとイスがあり、お茶会ができるようになっている。しかしここには二人掛けの木椅子が二つ、背もたれ合わせておいてある。不思議な配置だ。

 椅子に腰かけ、このきれいな薔薇園を見ながら気持ちを落ち着かせる。


 もう少ししたら、また頑張ろう。アルフレットに会えたら会って謝って、ルシアンのことを取り繕ってもらわなければ。


 人がいないと分かったため自然と膝を抱える。


「頑張れる、まだ頑張れる」


 平気、平気だから、頑張らなきゃとと鼓舞し続けるが、一人になると抱いた膝を手放すことができない。

 がんばらなきゃいけないのに。一人で立たなきゃいけないのに誰かがいないと虚勢を張れない。


 ……私、一人じゃ何もできないな。


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