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「……フロイト様を婚約者に指名してもよいのではありませんか?」
おず、と言うように聞いてくるヴォルフラム。彼がそう言ったのには驚いた。
「まさか、彼程度ならば、八機将のユルフェを力ずくでものにしたほうがヴィトン家の利になります」
八機将ジャン・ジャック・ユルフェ。ヴィトン領出身の平民であり、八機将最強といわれているが問題児でもある。彼のすべては“ヴィトン家のために国に尽くす”これに限る。妻も婚約者も未だいないのはそんなことに時間を使うのならば鍛錬をすると拒絶している。つまりヴィトン家という箱に対する依存癖が過ぎるのだ。私と結婚しなさいと命じれば彼は「恐れ多い」と一度は断るだろうが、私が「偽装でいいのです。陛下から性格最悪な貴族と結婚を勧めてくるのです」と嘘十割で泣きつけば簡単に了承してくれるだろう。
ではなぜそれをしないか? 理由は簡単だ。ヴィトン家の箱の中身を知られてしまえば幻滅されてしまうだろう。当分はごまかせたとしても今は最高の騎士からの失望ほど損失の大きいものはないだろう。
領民は出身領を愛しているのが大半だ。フロイトさんのように統治家を支持するなんて当たり前でユルフェの愛は領を潤している。私の手の届かない細やかな孤児院整備や貧民への越冬対策等を彼はなんてことない顔でやってのける。貴族の私が肩入れしすぎたら貴族から批判を食らう内容を彼はやってくれる。彼の愛は領民を救っている。
そしてヴィトン家の何とか体裁を保っている箱への愛が深まるのだ。愛の反対は無関心だと思う。彼からの愛がなくなったら何とか保っていた外枠さえも壊れて、貴族内でささやかれている失態がこれ以上ないぐらいに漏れてしまう。
『ローズモンドになってからヴィトン家は地に堕ちた』
今の私に彼にヴィトン家内部の惨状をずっと隠し通すそんな力はない。改革さえも私のわがままでしたくない。だからもっと悪くなっているのだけれど。
「まあ……私に、ユルフェをコントロールする力はないから無理よ」
ユルフェは平民であり、二十八歳でありながら軍団長になった異端児だ。魔法の腕だけではなく、戦術眼も優れている。そんな人間。
家の体裁さえ守れない私には無理。
「お嬢様……」
「気にせずにいきましょう。午後の授業の時間になるんですよね」
青く澄み渡る空を見上げてほほ笑む。
この地位をかなぐり捨てて逃げ出せたらどんなに楽だろう?
「……生きましょう」
ヴィトン家当主ローズモンド・ヴィトンとして。
「何かおっしゃいましたか? お嬢様」
小さく呟いた声をヴォルフラムはしっかりと聞き取ったようだった。
「いいえ、何も。何も考えていませんよ」
「?」
え、という言葉を飲み込んだようだったが、疑問符を浮かべていたことがビシビシと伝わってくる。
「次の授業はなんですか? ヴォルフラム」
「処置学です。お嬢様」
従軍や戦地になったときに傷の手当て、その時やることに対しての優先順位の付け方。現状把握の仕方、パニックを起こさないための魔法と多岐にわたる授業。そんなことはわかっていたけれど、話しを変えるためにふった。
ヴォルフラムは私の考えるのを止めろという言外の意味を感じたようでもう何も口にはしなかった。ランドルフならこうはうまくいってくれないだろう。
「あなたが私の傍にいてくれて、本当によかった」
「急にどうしたんですか? お嬢様」
「いいえ、本当のことです。きっとあなたがいなければ私は当主の座から逃げ出していてもおかしくありませんから」
カラカラと笑いながら歩く。
「ずっとそばにいますよ。お嬢様」
「はい、ずっと一緒にいてください。私が死ぬまでは」
「御やすい御用です。お嬢様」
どんな醜態をさらしてもずっとそばにいてくれるヴォルフラムがいるから、何とか私は立っていられる。
あなたを婚約者に、と指定出来たら私はきっと楽だったのでしょう。楽な道を歩めたでしょう。まあでも、あなたには致命的に魔力が足りないからヴィトン家として選ぶなんて無理だし、ヴォルフラムの一族は従者として失格の烙印が押されるだろうから決してしないけれど。
■□■
翌日のお昼時、げっそりとつかれているルシアンと生き生きとしているアルフレット、にこにこと楽しそうにほほ笑んでいるイーズ様とリズ・ワイナー。
六人掛けのテーブルには多種多様な顔がそろっている。私は窓側に座り、ルシィは私の隣、ルシィの隣はリズ・ワイナー。私の前はイーズ様、斜め前はアルフレットである。
「随分、大変そうねルシィ」
ちょっと笑ってしまう。この子がつかれた様子を見せるなんて本当に珍しい。
「姉さんは楽しそうだね」
「だって、あなたがそんな様子なの初めてなんだもの」
くすくすと笑ってしまう。食事を運ばれてくる前のわずかな時間。アルフレットに影が差す。
「失礼、一緒に食事をしてもかまわないか?」
リズ・ワイナーは驚いたような顔をしているし、イーズ様もアルフレットもルシアンも自然と顔が引き締まっている。
低音な聞き心地のいい声。アルフレットとイーズ様がいる側、つまり私の対面側にいる彼の人は私を見つめているのだろう。この中で表向きの一番の権力者は私だから。
「お好きなように」
決して彼の人のほうは見ないけれど、穏やかな雰囲気が壊されたのは確かだ。
「感謝する」
「姉さん、姉さんはお茶会の時何を作るの?」
きゅるんと、それはもうぶりっ子モード百パーセントでルシアンが雰囲気をぶち壊しにかかる。本当にこの子は空気に関して本当に敏感だなと頭を撫でる。
「あなたの好きな物」
「ジャム入りのクッキー?」
「ええ、そう。頑張って作ってみようと思うの」
楽しみだ、とほわほわとほほ笑むルシアンに目元が緩む。お菓子も料理もしたことがないけれど、この笑顔があるから頑張ろうと思える。
私はこの子に救われ続けて居る。
明日はお休みします。




