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はっはっは、とフロイトさんは笑い声を上げた。ゆっくり歩いていても庭園につき、ベンチに私は座る。フロイトさんは私の後ろに依然として立っている。
「……あの男はきっとずっと一途ですよ」
「……何のことですか?」
「いいえ、何でもありません。拙い愚考でした」
もう聞かないでくれ、という雰囲気を感じ取り口を噤む。そして話しを変えるように私が口を開く。
「来年の所属は決まりましたか?」
「いえ、自分は平民ですのでまだ選考中です。ですが、中央軍でも声をかけてくださる方が多くいらっしゃり、大変光栄であります」
目を伏せながら照れ臭そうに笑う彼に、笑みが浮かぶ。貴族は身元がしっかりしている点、進級と共に就職先が決まることが多い。しかし、平民のしかも中央軍というエリート中のエリートは、陛下管轄と言うこともあり普通の軍とは比べ物にならないくらい調査がくどいほどに行われる。
「……そうですか。大変、誇らしいです」
だが、平民で中央軍と言うエリートコースは最低でも旅団長になる者として期待されている。それは誇らしい。また、ヴィトン領から素晴らしい魔法師を輩出したということだ。
「ローズモンド」
聞きなれた声に振り向く。プラチナブロンドの髪が風に揺れていた。彼の目は優し気に目が細められていた。
「それにフロイト、私も混ざって構わないか?」
「は、はい! むしろ自分が下がります!」
「ありがとう」
隣に座るイーズ様。逆にフロイトさんはイーズ様の従者がいる所まで下がってしまう。
「仲睦まじいところを邪魔して悪かったね」
「……何かお話があるご様子ですが?」
「いや、君たちを邪魔しようとしていた不届き者を目にしたから私が来ただけだよ」
「……」
「ふふふ、ローズモンドは彼を気に入っているみたいだね」
「……結局用はない、ということですか?」
ふふふ、と彼は笑ってそれ以外口にしない。はあ、とため息を吐いて頭を抱えてしまう。
「ローズモンド」
「なんです?」
「領地に戻りたいのかい?」
とても悲しそうに困ったような顔をしている。その顔を見てからこくりと頷いた。
「……戻りたいですよ。確かに学園に居れば楽です。知っていることを教えられること、誰も私を否定しないこと……。とても、それはとても心地がいいですよ」
何もしなくていいこと、自分の感情のままに動いても咎められない。それは一見楽なように見えるだろうが、自分の理性をフルに使う。咎めてくれる叔父は居ない。さりげなく制してくれうメイドもいない。
「ローズモンド……」
慰めるように肩に回る手。
「もう少し耐えてくれ。そんなに辛いのならば私から父上に打診しよう」
「……大丈夫です。麗帝国への重石として置いておきたいということはわかっております。まだ、我慢できます」
「イーズ様」
咎めるような声がして振り返ればイーズ様の従者が困ったように口を開いていた。
「流石に近いですよ」
「おや、失敬」
おどけたように手を離すイーズ様。彼は優雅に立ち上がりながらくるりと振り返る。イーズ様の従者は既にイーズ様の後ろ、フロイトは私の後ろに立っているようだ。
「ところでローズモンド、お前の従者はどこに? それほどあれはフロイトを信用したのか?」
「我が領の秘蔵っ子ですから」
私が笑えばイーズ様もほほ笑んだ。
「うん、フロイトはいい子だ。信用していいよ。じゃあ、ローズまた会おう」
あら、イーズ様もべた褒めとは本当にいい子なのね、と驚いてしまう。
「はい、また今度お会いしましょう」
手を振ってイーズ様を見送る。フロイトは頭を下げているようだ。
イーズ様と入れ替わる様にヴォルフラムは返ってきて、フロイトに頭を下げていた。
「お嬢様、お待たせして申し訳ございません」
「大丈夫です。フロイトさんととても楽しくしゃべっておりました」
「……それはとてもよろしゅうございます」
ふわりとほほ笑んだヴォルフラム。ああ、あなたが笑っているととても安心する。
「もう少しで授業ですので参りましょう。フロイト様、ありがとうございました」
「あら、そんな時間なのね。フロイトさん、ありがとうございました」
「いいえ、ご一緒出来て光栄でした。機会があればまた」
頭を下げる彼に「ええ、また」と声かけて校舎のほうへと向かう。
「とても、楽しそうでしたね」
「ええ、フロイトさんいい人です」
「それはなによりです」
ヴォルフラムの弾んだ声に私も声が弾む。
「彼は良く伸びても旅団長レベルですが、きっといい騎士になるでしょう。将来が楽しみです」
彼からあふれる魔力と得意魔法の総評を評価しても彼はその程度にしかなれない。
「護衛騎士としてならたぐい稀な能力です。彼が困っているようでしたら私が名を貸しましょう。ヴォルフラム、よろしくね」
閃光のフロイト。対人戦での無敵に近い対応能力。身体強化の天才児で、光の速さで動き、馬をも持ち上げる怪力と磨かれた剣術で少数の敵ならば一秒もかからず殲滅すると言われている。
私はせいぜい力を男性程度にするしかできないし、アルフレットやそのほか帝下四族でもそう重たい物は持ち上げられない。そもそも持ち上げようとすること自体なかった。八機将はふざけて裸の四百キロぐらいある馬を持ち上げていたがそれが限界そうだった。
「はい、お任せください」
フロイトは対人戦に関しては無敵に近い強さを発揮するらしいが、対軍、対城戦は一兵士と変わりない。
まあ、対城戦力は帝下四族が独占している。独占という言葉は正しくないだろう。帝下四族以外にそこまで強力な魔法使いが存在しないのだ。




