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ガゼボの中から出れば認識疎外をかけたヴォルフラムが後ろからついてくる。
「お嬢様、どうされたのですか?」
「……なんでもないわ」
頼んでいた情報はまだなの? と、八つ当たりしそうになる。このいら立ちは、いら立ちをくれるのは麗帝国の人間だろう。アルフレットはいら立ちよりも無性にこっちが悲しくなってくる意地悪しかしてこない。
予定よりも早く移動してしまったために、代わりに図書館へと向かう。楽しそうに中庭ではお茶をしている令嬢たちと士官学校の学生。
「……お嬢様、すみません。未だ返答が来ておらず……」
なまじ一緒にいるから伝わってしまうのか? 図書館に入る際、申し訳なさそうにうつむいているヴォルフラムがドアを開ける。
図書館に入れば、嗅ぎなれてしまった古書の匂いがする。物音はかすかにするけれど、とても静かだ。空いているスペースに座り、ヴォルフラムに持たせている課題を終わらせてしまおうと広げ、さっさと書き進めているとヴォルフラムの指が随分前に書いた文字を指さした。
「……ありがとう」
「いいえ」
スペルミス。くだらない間違い。はぁ、とため息が出てしまう。
課題を終わらす目途がつき、課題の筆を進めながらも領地のことを考えてしまう。麗帝国から一番近い我がヴィトン領。ヴィトン領と麗帝国に中間にある国からは戦争が近いなど聞いていない。
……戦火に包まれるのは、ヴィトン領かと思考を巡らせる。すると入口付近から騒がしい声が聞こえてくる。
男子学生、女子学生問わず囲まれているのは麗凱紀。やかましさの原因はあいつか、と睨んでしまう。そしてすぐにいけない、と釣り上げた目じりを揉む。一日で何度私の行動の邪魔をすれば気が済むのかしら。
いっそ仕組まれているのかと邪推してしまう。ちょうど書き終わった課題をまとめヴォルフラムに渡す。ヴォルフラムが手早く丁寧にそれらをしまうのを眺めてから出口へと向かう。
麗凱紀の士官学校での評判は、実戦経験からの迫力や対応力が段違いであり当士官学校に入学できるぎりぎりの魔力量であっても、生まれつきの差を経験と努力で覆す。また本人のカリスマ性と的確なアドバイスによって着実に人脈を作っている、とのルシアンの従者ランドルフからの報告。ルシアンは不服そうに何も語らない。
いくらカリスマ性があろうと、図書館で騒がしいのはあなたの統率不足ではなくて? と心の中で悪態をつく。麗凱紀と視線が合い、目を逸らす。
見つめあうと怒鳴ってしまいそう。たくさん言いたいことはある。けれど、外交問題に発展するかもしれないから口を閉ざさなければ。
「ヴィトン卿、お疲れ様です」
図書館に入ってこようとする男子学生、フロイトさんが立ち止まって頭を下げる。
「フロイトさん、ご機嫌麗しくお過ごしですか?」
「はい、すべてはヴィトン卿のおかげで」
「ご冗談を、私は何もしていません」
そう、私は何もしていない。ただハンコを押すだけ。気になったところは指摘して、ヴォルフラムや叔父様に調べさせて直ったもののハンコを押すだけ。
「ご謙遜を……。ところでヴィトン卿はこれからどこへ行くのですか?」
「課題も終わらせてしまいましたので、少しお散歩をしようかなと……。フロイトさんはなにを?」
「いえ、この通り何も持っておらず寮に帰るのも億劫でしたので褒められたことではないですが、図書館で仮眠をとろうかと思ったのですが……」
フロイトさんの視線の先にはやかましい集団の麗凱紀が写っている。
「ならば、温室などいかがでしょう? 花の香りがお嫌いでなければ、割と静かですよ」
「迷惑でなければ、玉歩にご同伴する栄誉が欲しいのですが……」
フロイトさんの朱が差す頬に、私の苛立った心が凪いでくれる。
「また失神なさらなければ、構いませんよ」
「ダンスパーティのような緊張する場面でなければ平気です!」
照れ笑いを浮かべながら笑う彼に、「お嬢様」とヴォルフラムが声を上げる。
「はい」
「もしよろしければですが、少しお側を離れてよろしいですか」
「……はい。なにか問題があったの?」
「……はい、恥ずかしながらきっと温室にボタンを落としてきてしまい……」
そっと右腕の裾のボタンをみせてくれる。三つあるうち二つしかないし糸がちぎれたことを証明するようにぷらぷらしている。
「申し訳ございません」
「いえ、そうね……庭園のほうを歩いてるから……急がなくていいから必ず戻ってきて」
「はい、わかっております」
ヴォルフラムはフロイトさんに頭を下げ、小走りで温室のほうへと向かっていった。
フロイトさんはヴォルフラムのように私の三歩後ろを歩いている。普通の学友、むしろ先輩なのにフロイトさんは二人でいる今は徹底的に従者のように接するらしい。
「ヴィトン卿」
「はい」
歩いていると話しかけられる。
「麗凱紀がお嫌いですか?」
「ご覧になった通りだと思いますよ」
「……私の判断が正しければ、俺と一緒ですね」
くすくすと楽しそうに笑っている。
「あれは征服者だ。俺は好かない……」
ぼそりと呟かれた言葉に笑みを浮かべてしまう。庭園へと向かう途中で、ふと口を開く。
「そろそろ大規模遠征があるらしいですね。ルシアンから聞きました」
「はい、毎年恒例の遠足みたいなものです」
くすくすと笑う彼に口元を押さえる。何チームかに分かれて行い到着順を競うらしい。目的地は毎年違い、一年生は荷物持ち、二年生はルート計算、三年生は統括と別れるらしい。一年生は楽ではあるが、当日が大変そうだと嘆いていて荷物のまとめ方等を練習しているらしい。
「去年はいかがでしたか?」
「自分はルート計算を行いましたが、とても勉強になりました」
「今年は統括だと思うのですが大変ですか?」
「いえ、皆優秀な者なので楽をさせてもらっています」
からからと笑う彼に思わず笑みが零れる。
「ルシアンは、アルフレットにしごかれているんですか?」
「はい、何がそんなに癪に障るのか細かいことをねちねちとそれはもう本当に細かく……」
見ていてうんざり、と言うように肩を竦ませる。
「結局はあの子のためになります。甘やかされ続けたあの子にはいい薬でしょう」
それはもう、果実が砂糖と煮込まれジャムになってしまうほどに甘いヴィトン家という鍋の中。
「はい、アルフレットは細かくとも理不尽なことは一切言っておりませぬ」
「はい、そういう言い返せなくこちらが悲しくなる意地悪をする人だと知っています」
「アルフレットがお嫌いですか?」
「はい、大嫌いですよ。あんな男」
あんな必要以上に付きまとってく、めんどくさい家、大嫌い。




