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ダンスをルシィと踊り終わるとイーズ様がそのまま来てくださったので踊らせていただいた。イーズ様の次にアルフレットが来たので、散々意地悪された意趣返しでダンスを誘われる前に公爵の方のお誘いを受けると、とても驚いたような顔をしていた。
マナーと言われる三回踊り、疲れたので壁際へと行こうとすると私の目の前に誰かが立った。見上げて顔を確認すると、以前会ったことのある方だ。名前はたしかそう――。
「ローズモンド様」
「フロイトさん」
ごまかせた。名前はレヴィ・フロイトだ。
彼は緊張した面持ちで手を差し出してきた。その手は震えていて、声も若干震えていた気がする。
「も、もし、お疲れでなければ……わ、私と一曲いかがですか?」
「……ええ、よろしくお願いします」
その手を取ると、不自然に静かになっていた会場がざわつき始めた。
ああ、うるさい。私が誰と踊ろうがどうでもいいじゃない。だいたい、あなたたちには婚約者がいるでしょう、と毒づく。
触れたフロイトさんの手はとても冷たくなっていてそんなに緊張しなくてもいいのにと見上げる。そうすると、フロイトさんは後ろに倒れそうになって思わず引っ張ると、倒れこんできた。
「……は……え?」
無意識に魔法で身体強化を行ったため全然重くはないのだが、どうしたのか。
「極度の緊張による失神だろうな」
声のしたほうを向けば壁だった。先ほど見た民族衣装に上を向けば、見下ろしてくる目。
彼の人はいつの間に傍にいたのだろう? さりげなくフロイトさんを預かろうと手を伸ばしてきたので私はフロイトさんを抱き上げる。
「……私の民ですのでこれ以上は結構です」
抱えやすいように横抱きにしながら控室に向かう。
「民だと言って、それを侮辱していい理由になるのか?」
横抱きのことを言っているのだろうか? 首を傾げながら振り向く。呆れたような表情をしている。
「フロイトへの責任の取り方など、幾千万にございます。ああ、そう、あなたは今、侮辱とおっしゃいましたが、あなたは私にいったい何をしてくれるのです?」
ざわり、と舞踏会が騒がしくなる。ヴィトン卿が珍しくキレてる、とざわつく。私だって人間だもの、怒るわよ。
「ローズモンド、フロイトを休ませる部屋を確保した。こっちだ」
アルフレットがこっちに来て、「友人である俺が運ぼう」とフロイトさんを乱雑に担ぐ。
「グロリア卿! 借りにも病人ですよ!」
あまりの雑さに思わずアルフレットを追いかけてしまう。
「平気だ、平気。仮にも士官だぞこいつは」
「……私の財産です!」
「卿の必殺技だな。私のもの、私の兵、私の財産。はっはっは」
「だから何なんです! 私は偉いんです! 本当は些細なことで怒っても許されるんです!」
「そうだな。貴殿は帝下四族の当主だ。それが許される。なあ、そうだろう? みんな」
振り返りながら同意を取る様に手を広げる。
「フロイトを乱雑に扱わないでください!」
「こんな雛みたいに愛らしく引っ付いて抗議しているが、ヴィトン家は帝国一の火力をもった家だ」
「雛って何です、雛って!」
跪いたような音がして振り返る。
「ああ……こういう風景は嫌いなのです」
思わずぼそりと出た本音に口元を隠すように手を寄せる。
明確に分けられた身分が嫌い。強制された服従が嫌い。
「ああ……、私は、民が幸せに笑っているのならそれでいいのです……」
綺麗に跪いている学生、教師。壮観ではあるけれど、ありありと示された絶対的立場。校長でさえも無意識に近いであろう礼を尽くしている。その中で唯一立っている彼とイーズ様に目を向ける。
イーズ様は静かに目を伏せる。第二皇子、という立場は帝下四族当主よりも低い、と訴えられているよう。
……ああ、何か言わねばならないのか。
「……戯れは許します。無礼は許しません」
射貫くようなその視線から逃げてしまいたい。
「グロリア卿、参りましょう」
「寛大だな、ヴィトン卿」
無視するように控え室のほうに向かう。視線から逃げ、指示された部屋に入り、二つあるうちの小さめのほうのソファーに座る。
「私は、ヴィトン領の当主です」
フロイトを寝かせるアルフレットの手つきは乱雑で、どうしても顔をしかめてしまう。
「一番苛烈であるからこそ寛大であらねばならないのです」
容易に人を傷つけられる能力であるからこそ、自制しなければならない。もとよりヴィトン家はその自覚があるからこそ、周りに流されやすい家でもあった。私が当主になってからはより一層それが強まって落胆されている。
「……ヴィトン卿、何が卿をそこまで歪めた?」
至近距離の隣に座るアルフレットに少し距離をとろうとすれば、ひじ掛けにぶつかり距離が取れなくなる。
「歪んでおりません」
「……」
悲しそうに顔をしかめるアルフレットに驚いて見つめてしまう。なぜこの人はこんなに悲しそうなんだろう。
「グロリア卿?」
「助けてと言えば、俺はローズを全力で守ろう」
「私、何にも困っておりません」
首を振るとアルフレットは私の頭を撫でた。
「ほら、貴殿はいつも私の言葉を否定する」
困ったように笑いながら背もたれに沿うように仰け反った。両腕は背もたれの後ろに垂らしていて、目は閉じている。
「グロリア卿、はしたないですよ」
「……」
「グロリア卿? 寝てしまうには早いでしょう?」
グロリア卿? とのぞき込もうとしたら、ぎゅっと抱きしめられて「また騙された」とむっとする。パンパンと胸を叩くとアルフレットは「ははは」と笑う。
「ヴィトン卿は学習能力がないな」
「グロリア卿は本当にお好きですね。放してください」
「ああ、好きだ」
ん、といううめき声のようなものが聞こえ、アルフレットが私のことを放し、私はフロイトさんのところへと行く。
「フロイトさん、ご気分は?」
目を覚ましたフロイトさんと目が合う。崩れた髪を直すように額を撫でる。熱もないようだ。顔色もだいぶ良くなっていてホッとするとフロイトさんの顔が徐々に赤くなる。横になっていたフロイトさんは起き上がり私の手を掴む。
「わ、私は一体あなたに何を……!?」
「え?」
「ダンスを申し込んで、緊張で失神した」
ソファーでくつろいでいたアルフレットが楽しそうに笑いながらフロイトに報告して、フロイトは顔を真っ青にしていた。




