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「――う、さま……お嬢様」
と、呼ばれる声がして目を開けると、ヴォルフラムが私を覗きこんでいる。視線が合い、ヴォルフラムはほほ笑む。
「もう少しでルシアン様との待ち合わせの時間でございます。御綺麗ですよ。お嬢様」
「……ありがとう。……タオルは?」
「冷えましたので、片付けました」
「ああ……ありがとう」
冷やされたレモンティーが目の前に置かれ、少しだけ口を付ける。ヴォルフラムは私の後ろで控えている。
「私、どれだけ寝ていたの?」
「一時間ほどかと……」
「そう……ねえ、ヴォルフラム」
「何でしょう?」
私の前に来て困ったように首を傾げるヴォルフラム。
「……あなたは麗の人がこの時期に来る理由はどこにあると思う?」
「……ええ、それが私も不思議でなりません。近いうちに戦があるとしか……」
常戦国、常勝国と呼ばれる様になった麗帝国は私が生まれる少し前からずっとどこかしらと戦争をしている。領土を確実に増やして大国へとのし上がっている。
「うちと……なんてあり得る話よね」
はあ、とため息を吐く。要職についている征西大将軍の麗凱紀と軍次官麗紀央が来たのならばそれは確定に近い警戒レベルでいいだろう。
でも待てよ、と思考が急にめぐり始める。
「……今、征東大将軍はどこにいるの?」
征東大将軍は今の王弟。彼の人も戦がとてもうまいとの報告。
「今は最東、和の国だったと聞いております。小国ながら和の国は奮戦しているようで……半年前の情報から更新されていなく」
「……そう……叔父様に、和の国の状況を調べるように伝えて」
和の国を攻め落とせなかった、のかもしれない。和の国は島国だ。移動は軍船で、海域を渡る。和の国の人間が生まれてから死ぬまで永遠に和の国を囲っている海域。共存できる術を、魔法を編み出していてもおかしくはない。
実際にクレージュ帝国の海軍は唯一の港町か川沿い出身の魔法師が多い。
移動中に奇襲をされでもしたら、陸地で過ごしていた王弟には対応が難しいかもしれない。
「……和の国は、黄金卿と言われていますよね」
「……ええ、そうね。でも、きっと大げさに書いただけでしょう」
少しだけ、楽し気に笑ったヴォルフラムに私も笑う。
「もし本当に黄金でできているなら目がちかちかしちゃうわ」
「そうですね。お嬢様を見失ってしまうかもしれない」
「それは困るわ。私、あなたがいないとゆっくり休めないもの」
そう言いながら立ち上がる。ヴォルフラムは少しうつむきながらドアの傍に向かっている。
「じゃあ、行ってくるわ。……ヴォルフラムはどうしているの?」
「会場で給仕をいたします」
「ああ……もしかして集合時間過ぎている?」
「大丈夫です。学校側から許可を頂いておりますから」
「じゃあ、もう出ましょうか。待たせてごめんなさいね」
部屋を出て階段を降りる。もう学生は会場に行っているらしく寮内は静まり返っている。
「お嬢様、お姿を確認しなくて良かったのですか?」
「あなたが綺麗っていうのなら、綺麗なのでしょう? 確認する必要がないわ」
「確認したほうがいいのではないですか?」
声がしたほう、右側のほうを見れば静かに佇んでいるリズ・ワイナーがいる。やはりニコニコとほほ笑んでいる。
「美しいですけれど、確認は必要じゃないですか?」
コロコロと笑う彼女に警戒したような様子をヴォルフラムは見せている。
「ヴォルフラム、先に行って。……麗の方になんと報告したんですか?」
そう言えばヴォルフラムは複雑そうに顔を歪めながらも先に行く。私もリズ・ワイナーも階段を下りていくヴォルフラムを見届けると止まっていた時間が動き出したかのように、向き合う。
「えっと……? 何のことでしょう」
こてん、と可愛らしくとぼける様子に私も笑ってしまう。ヴォルフラムがいなくなるのを待っていたくせに。
「一、三、八、来るとしたらどれ?」
第一子、第三子、第八子の誰が来るのかと問えば、リズ・ワイナーは口元に人差し指を当てた。
「一番、三番、八番? え……来るとしたらやっぱり一番じゃないんですか? 一番は一番すごいって言うじゃないですか」
「……そういう余計なことは、聞いていないんだけれど……」
頭を押さえる。けれど、聞けば思った以上に教えてくれる。来るのは第一子、麗凱紀。征西大将軍、二十七歳の若さにして戦争経験は二回だが、反乱の弾圧作業の経験は異常なまでに多かったはずだ。クレージュ帝国と比べ、そんなに国内で反乱がおきるのかと思ったのも確かだが、領土を広げているから無理もない。
「あ、そう言えば、ローズモンド様って婚約者がいないんですよね?」
「……ええ、そうですけれど」
「どうやったら帝下四族の婚約者って決まるんですか?」
「…………どう? どうって、ヴィトン家にメリットがあり、国にも害をなさないお相手を皇帝に紹介し、五族会で了承をもらうととてつもないめんどくさい作業をしなければならないのですが……」
そこでハッと気が付き思わず口が滑る。
「アルフレットには婚約者がいますからあなたがなるなんてできませんよ! たとえその婚約者がいなくなっても五族会の一員である私が認めませんからね!」
びしっと言い張るとぽかんとリズ・ワイナーは私を見つめている。理解が追い付かない、と言うような表情で頭を押さえた。
「……えっと、ええ、そうですね。もうやめましょう、やめましょう! この話は! 行きましょう、ローズモンド様、婚約者を選ぶんですよね。どんな素敵な方になるのかな~」
くすくすと楽しそうに笑いながら私の手を取り、慣れた手つきで私をエスコートしている。
「きっとローズモンド様のためなら少し億劫な手続きも愛の障害になり果てちゃいますよ!」
「……そうかしら……いっそ、平民の方を適当に丸め込んでこういうものだと言い聞かせて手続したほうが良いと思うの」
「……え? 平民の方とも結婚できるんですか?」
は? と言うように顔を歪めて私を覗きこむ。
「ええ、魔法師として優秀なのでしたら、帝下四族は魔法遺伝のメリットを取りますよ」
「ま、待ってください……え、……平民への差別感覚がないって思って……え?」
リズ・ワイナーの非常に混乱したような様子を初めて見て少し楽しくなる。私は階段を降り始めてリズ・ワイナーは私の後ろをついてくる。
「遅刻してしまいますよ。イーズ様も待っているのでしょう?」
「は、はい!」
寮を出るとドア付近でイーズ様とルシアンが待っていた。二人の会話はなかった様子でルシアンは笑顔で私に飛びつき、イーズ様はスマートにリズ・ワイナーをエスコートしている。
「ああ……、姉さん。とてもきれいだ」
「ありがとう。あなたもかっこいいわ」
きっちりと整えられた髪型。甘く整った顔、背も高く、話しやすい。姉好きが玉に瑕だが、ルシアンはいい男になった。
「やあ、ヴィトン卿。美しいね」
ニコリ、とほほ笑むイーズ様に頭を下げる。
「ありがとうございます。イーズ様も麗しいです」
「ありがとう、私たちは先に行かせてもらうよ。じゃあ、また会場で」
先に行くイーズ様たちを見てから、ルシアンが私を後ろから抱きしめる。
「……あの女、なに?」
私の頭に口元を寄せながらリズ・ワイナーを睨んでいる様子だ。ルシアンに寄りかかる様に体重をかける。
「何か気が付いたの?」
「……あいつ、ついさっきまで魔法使ってたでしょ」
「私は、そこまでわからなかったけれど……そうなの?」
「うん、索敵系となんだかよくわからない……なんだろう……」
探る様に思考を巡らせている。やはり魔力の感知能力に関してルシアンは異常なまでにずば抜けている。
「何かを媒介にしたのかな……? 姉さんが使う伝令系に近い気がする」
見上げるとルシアンと目が合い二人してほほ笑む。
「……案外、学校って悪くないね。いろんなことが起こって楽しい」
今まで屋敷での家庭教師だけで過ごしてきて、こんな大勢の同年代の前に立つことはめったになかった。そのことをきっと言っているのだろう。
「あなたがそう言うのなら私は嬉しいわ」
ふふふ、と二人で笑いあってどちらが言うのではなく歩き始める。
「ねえ、アルフレットはだれと来ているの? 知ってる?」
「三年の人だって気になるの?」
「いいえ、だってあの人リズ・ワイナーから狙われてるかもしれないもの。平民の子だったらちょっと、心配なの」
「そうなの? 確かに見た目は可愛らしいけど、あの不審さは恋愛感情にはならないよ」
「……そうなの? 私は恋愛感情とかわからないんだけれども……」
そう言いながら会場に入った。




